第9話 湯浴み屋ヘル&レイブン



「は~い、ここが湯浴み屋、“ヘル&レイブン”よ」



「れいぶん!!」



 ウェスタさんに連れられてやってきたのは、まるで地獄の扉のような不気味な外見の銭湯だった。入り口には2匹の大きなカラスの石像が、神社の狛犬のようにこちらを覗き込んでいる。



「なんで煙突が3本もあるんだ? 高度経済成長期か?」



「ヘルクロウという、三本足の魔族をイメージしていると聞きました」



「ほう、ヘルクロウか。たしかにあやつらは風呂が好きじゃったな」



「この国では屋根や煙突にカラスが止まると、幸運が訪れると信じられているのです」



 まるで招き猫みたいな扱いだ。でもカラスだし、日本なら逆に不幸になるとか言われそうだな。



「それじゃあ入りましょうか」



「あ、待って、まだ心と理性の準備が……」



 俺の静止を気に留めず、ウェスタさん達はガラガラッと扉を開けて店内へ。



「堪忍せい。拙者たちは今は女なのじゃ」



「身体はそうかもしれないけどな、頭脳と心は彼女いない歴=年齢の童貞ヒキニートなんだよ……」



 心がぴゅあじゃないと変身ヒーローは務まらないぜ。



「鼻血出してぶっ倒れんようにな」



 __ __



「こんばんは~」



「よく来たなお客人……地獄の釜の蓋は今、開かれた……」



 店に入り、受付で俺たちを出迎えてくれたのは、右目に眼帯、左手首には包帯の満身創痍ファッション、そして謎の黒マント……そう、いかにも「我、中二病やってます」って感じの女の子だった。



「あ、ああああ!! 黒歴史が……過去の過ちが俺を襲う……!!」



「ホワイト、おぬし……経験者じゃったか」



 もうね、効果バツグン大ダメージだよ。



「ダフマちゃんこんばんは! 今日もケガ治ってないね」



「なんだ、フレイムとウェスタさんか。いらっしゃい……って、その二人は?」



「ウチのお客さん」



「マシュマロ林ホワイトだ。ホワイトって呼んでくれ」



「拙者はサタンなのじゃ!」



「ホワイトにサタン……! ま、魔族っぽい名前でカッコいい……ってか魔王と同じ名前! サタン様!」



「もう、ダフマちゃんったら。管理者から目を付けられているんだから、少しは自重しなさいよ」



 ダフマは魔族が大好きで、年間パスポートまで買って、デビルアイランドに通い詰めるほどだったらしい。てかあそこ年パスあんのかよ。



「それで、デビルアイランドへの行き来が禁止になってもコッソリ行こうとして、管理者から魔族友好派リストに入れられてるんです」



「我こそが魔の眷属、ミス・ブラックリスター、漆黒のダフマです」



 左手を眼帯に当て、決めポーズを披露するダフマちゃん。



「も、もうやめるんだ……そのポーズは俺に効く……」



 もういっそのことその封印されし右目を解放して王国を救ってくれ。



「それじゃあ入りましょうか。あ、これタオルと着替えよ。昔の宿泊客用の物だけど、良かったら使ってね」



「あ、ありがとうございます」



「恩に着るのじゃ」



「サタンちゃん! はやくいこー!」



「あ、ちょっとフレイム! じゃあ私たちは先に行ってますね」



「あ、はい」



「クフフ、地獄の釜で芯まで茹でられてくるが良い……ごゆっくりどうぞ~」



 …………。



「サタンさあ、女体化してから自分の身体、見たことある?」



「まあ、そりゃあ確認はしたのじゃ」



「……なんか感じた?」



「そもそも幼女の裸体になんも思わんのじゃ。まあなんというか、新鮮な気持ちにはなったがの」



「そうか……いや、俺も自分の身体を見たときには別に興奮とかしなかったんだけどよ、でも俺たちさあ……おっぱいねえじゃん」



 そう、確かに俺たちは女になってしまった。股間のエクスカリバーも失った。しかし、身体つきがめちゃくちゃ女らしくなったかというと、そういう訳でもないのだ。

まあ、女児向け変身ヒロインアニメだって巨乳キャラはほぼいないからな。戦うとき邪魔だし。



「サタンはまあ、幼女だから絶壁だし。フレイムも多分同じようなもんだろ。俺もちょっとはあるけど、どっちかっていうと中性的な身体つきだからな。それに比べてウェスタさんは……」



「デカいの。あれは……デカいの」



 なんで2回言った?



「とまあ、そんなわけで。今までは理性を抑えられていただけかもしれんが、あの裸体を見てしまったら俺はどうなるか分からん。だって心はチェリーボーイだから」



「ふむ」



「その時はサタン、俺を……殺してくれ」



「いや決意が重すぎるのじゃ。ほれ、さっさと脱いで行くぞ。フレイムが待っておる」



「あっちょっ」



 ……。



 …………。



「た、頼む、謎の湯気先輩、信じてるぜ……」



「なんじゃそれ?」



 日本のアニメによく出てくる魔族、かな。円盤化すると消滅する。



「あ、サタンちゃんやっと来た! こっちこっち!」



「まあ待て。まずは身体を流してからなのじゃ」



「ホワイトさん、背中お流ししましょうか?」



「いやっ大丈夫です! お気になさら……ず……」



「ホワイトさん?」



「あっいやなんでもないです!」



 ……でっか。



「それにしてもホワイトさん、スレンダーで引き締まった体型で羨ましい……私なんかちょっと食べ過ぎただけでお肉が付いちゃって」



「そ、それは大変ですね……」



 いや栄養全部おっぱいに行っとるやん。吸収効率バツグンやん。



「やはりボウギャークと戦えるだけの力を付けるには、過酷なトレーニングを日々こなしているのでしょう。尊敬します」



「ま、まあ……そうかもしれないですね」



 すいません。なんかマジカルパワー的なやつで戦ってます。ノージョブ&ノートレーニングです。



「それではフレイムと一緒に奥の湯船に行ってますね」



「は、はい、俺も身体を流したら行きますんで……」



 …………。



「どうじゃホワイト。理性は保てそうか?」



「あ、ああ……たしかにすごいもんを見たなって気持ちにはなったんだが、なんというか、男として興奮したかと言えば、そういうのはないみたいだ」



「拙者もじゃ。ということはやはり、精神的にも女に侵食され……」



「うわああああ!! そんなバカな!!」



 プリティ☆デビルは俺の心のミラクルステッキまで奪ってしまったというのか。良かったのか悪かったのか、それは神のみぞ知るところ……。

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