第122話 会場の様子と三人の登場

 控え室を出たマリーアがそっと会場に入ると、そこはかなり豪華なホールだった。参加者も全員が着飾っていて、気合が入っている様子だ。


(ハイディが参加するパーティーは、魔道具に関わる人たちにとって大切なものなのね)


 トーレルの街ではハイディに気に入ってもらえたら、それだけで一気に成功への道を駆け上がれる。ハイディが相手の礼儀正しさや口の上手さを一切気にしないことは分かっているものの、やはり少しでも印象を良くしたいと皆は着飾るのだ。


 さらにハイディと話ができるようにと、魔道具に関する興味を引けるような話題をたくさん持ち込む者も多い。中には小さいものならば、実物を持参している者もいる。


「私はハイディ様にこの魔道具を見ていただくのだ」

「俺はこの素材だ。実は新たな活用法を研究していてな」


 そんな魔道具師たちの会話が聞こえてくる一方で、商会を運営しているのだろう者たちの会話もそこかしこでなされている。


「今回のパーティーでは、ハイディ様に我が商会を贔屓にしていただくのだ」

「いや、今回はうちがもらうよ。何せ息子を連れてきてるんだ。上手くやれば……はははっ」


 背が高く一般的には整っていると評されるだろう息子の背中を叩きながら、男は上機嫌に笑った。


 しかしそんな男に、話し相手をしていた別の男が忠告をする。


「いや、それは難しいだろう。お前、あの噂を知らないのか? ハイディ様はルプタント商会の倅と婚約するらしいぞ」

「……はぁ!?」

「おいっ、声がでかい」


 小声で話すために顔を近づけた二人は、眉間に皺を寄せた厳しい表情で会話を続けた。


「それ、本当なのか?」

「ああ、ほぼ間違いない。ルプタント商会が上手くやったんだろうな」

「それにしたって、あんな犯罪まがいのことをやってるところと……」

「別に犯罪ってわけじゃないからなぁ〜モラルがないってだけだ。それに素材を集められる力は確かだろ?」

「まあ、確かに、それはそうだが……」


 そこで二人の会話が途切れ、耳を澄ましていたマリーアが顔を上げたところで、別のところから大きめの声が聞こえてくる。


「おい、俺はトレンメル公爵家と家族になるんだぞ? 今までのように馴れ馴れしくされても困る」


 派手な衣装に身を包み、他を見下すような表情で嫌な笑みを浮かべているのは、ルプタント商会の長男でハイディに婚約を申し込んでいるオイゲンだ。


 婚約が了承されることを疑っていないのか、すでに態度が大きくなっている。


「あいつがハイディに婚約を申し込んでる男ね……」


 マリーアはそう呟きながら、自然と眉間に皺を寄せてしまった。見るからに性格が悪く成金趣味な男は、マリーアの目にはマイナスにしか映らない。


「おいっ、早く飲み物でも持ってこないか」


 ルプタント商会が他の商会や魔道具師たちに多大な迷惑をかけていることを理解していないのか、男は尊大な態度を崩さず命令した。


「……オイゲン、その態度はどうかと思うぞ」


 一人の男が苦言を呈したが……


「貴様、無礼だぞ。オイゲン様、だろ?」


 オイゲンは言動を正すどころか怒りを露わにした。そんなオイゲンに周囲にいる者たちは例外なく眉を顰めていたが、トレンメル公爵家と家族になるという言葉が真実であるならと考えているのか、渋々従う。


「分か……りました。飲み物ですね」

「最初から素直に従えばいいんだ! お前には重要な役職でも与えてやろう!」


 下品に笑いながらそう告げたオイゲンは、今度は別の男に命令している。そんな一連の騒動を見ていて、マリーアはイライラを抑え込むのに苦労していた。


(ハイディがあいつの婚約打診を断るためにフランツが手を貸すの、正解だったわね。ああいうやつは徹底的に潰しとく方がいいのよ)


 マリーアがオイゲンに鋭い眼差しを向けていると、また近くの男二人が会話を再開させる。


「なぁ、本当にあんなやつと婚約するのか?」

「そう聞いたが……」

「ただの噂だと思いたいな。オイゲンが上に立つなら、この街は終わりだ」


 その言葉を否定できないのか二人は嫌悪感を露わにしながらオイゲンを盗み見て、そんな二人と共にマリーアもこれからオイゲンが受ける屈辱を考えて溜飲を下げ、静かに時が過ぎていたところに――。


 突然、マリーアに若い男たちが近づいてきた。


「ねぇ、君。どこかの商会の子? それとも魔道具師かな」

 

 まずはチャラチャラとした男が声をかけてきて、マリーアは瞬時にナンパだと悟る。マリーアの容姿は整っており、さらにトレンメル公爵家から借りているドレスがマリーアの魅力を最大限に引き立てているため、男の目を引くのだ。


「あんたたちに教える気はないわよ」


 バッサリと切り捨てて男たちから離れようとするも、マリーアは腕を掴まれる。


「ちょっと待ってよ。少しぐらい話してくれてもいいだろ? ここは交流の場なんだからさ」

「はぁ〜、わたしは冒険者よ。パーティーには色々あって参加してるだけ。じゃあ、もう用は済んだ……っ」


 答えた方が早いと思って必要最低限のことを伝え、マリーアはまた男たちから離れることを試みた。しかし腕はガッツリと掴まれていて、予想以上にしつこい。


(風魔法で吹き飛ばしてやりたいけど、さすがにパーティー会場では無理ね)


「冒険者なんてかっこいい! でも危険な仕事だろ? 君は女の子なんだし、家庭に入った方が幸せになれるんじゃないか?」

「余計なお世話よ」

「もし良かったら俺と……」


 そう言って顔を近づけてきた男を、マリーアが思いっきりビンタしようかと考えた瞬間、会場がどっと沸いた。


 マリーアは振り上げかけていた手を下ろし、男の頬は守られる。


「ハイディ様がお越しのようだ」


 誰かのそんな呟きが聞こえ、会場中が拍手で満たされた。割れんばかりの拍手の中、マリーアは言い寄ってきていた男の腕を雑に振り解き、会場の前方に視線を向ける。


 そこには一段高くなっている場所があり、その中央に位置している扉から――ハイディが姿を現した。もちろん隣にはフランツがおり、さらにフランツの逆側にはカタリーナもいる。


(やっぱり三人の入場は変よね)


 呆れた表情でマリーアがそんなことを考えていると、先ほどまでは大歓迎だった会場の雰囲気が、次第に困惑を孕んだものに変わっていった。

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