第120話 合格と後ろ盾
衣装室ではフランツとマリーアの服装はすぐに決まった。特別なこだわりもないので、トレンメル公爵家の使用人たちが適切なものを選び、それでそのまま決定となったからだ。
ハイディの衣装も専属侍女に任せきりらしく、衣装室で選ぶ必要はないようなので、三人の用事は終了だ。
「じゃあ、さっそく研究をしよう!」
衣装室にある服を端から確認しているカタリーナに一言声をかけてから、三人は衣装室を後にした。そして向かったのは、もちろんハイディの研究室だ。
しかし研究室内に入る前に、フランツが隣の部屋を指差す。
「ハイディ、研究の前にグレータとルッツの様子を確認するべきじゃないか?」
「あっ、確かにそうだね」
魔道具に関係することには素直なハイディは、なんの躊躇いもなく方向転換をして隣室の扉を叩いた。そっと開くと……ちょうど二人は、一つの魔道具作製の最終工程をしているところだった。
そんな二人の近くには完成した魔道具が二つ置かれていて、いくら簡単な魔道具だと言っても、この短時間で脅威のスピードだ。
ハイディはまず傍に置かれた完成している魔道具を真剣な表情で観察して……楽しげに口角を上げた。
「凄いね。確かにこの才能は潰しちゃいけない」
天才と言われているハイディのこの評価は、相当に高いものだ。そんな評価を受けているが、全く動揺もせずに魔道具作製を続けている二人は……少ししてキリが良いところで工具などを置く。
「できましたね」
「ああ、上手くできたな」
ルッツとグレータでそんな会話をしてから、二人はすぐにハイディへと視線を向けた。
「ハ、ハイディ様、ちょうど三つ目の魔道具が作り終わったところです。いつものようにあたしがメインで作って、ルッツには補助をしてもらいました。えっと……確認、お願いします!」
そんなグレータの言葉を聞いているのかいないのか、今出来上がったばかりの魔道具も手に取って全方向から眺めたハイディは――満面の笑みで宣言した。
「合格! 凄いよ二人とも。ここまでできるなら、もう他の試験なんていらないね。私が後ろ盾になるから、この技術を今まで以上に磨いてほしい。素材は公爵家に言ってもらえれば準備するし、共同研究も請け負うよ! あっ、でもその代わりに、私が人手を必要としてる時には助けてくれたら嬉しいな」
興奮しているのか少し早口で伝えたハイディに、二人はポカンと固まり、だんだんと事態が飲み込めてきたのか、じわじわと頬を緩めていく。
「あ、ありがとうございます……!」
「こ、公爵家が後ろ盾に!?」
「二人の工房がどこにあるのか教えてくれる? 後ろ盾ってことが分かるように、うちの紋章を工房に入れないとね。後は一応細かい契約もしておこうか。その辺はうちの執事に……」
急速に進む話に二人は慌てながらも、とても良い笑顔でハイディの話に耳を傾けていた。その様子を見て、フランツは安堵する。
(これでグレータたちの才能が潰れることはないな。ハイディは色々とダメな部分も多いが、魔道具に関しては信頼できる)
そんなことを考えながら頬を緩めていると、マリーアがフランツの腕を軽く肘で突いた。
「良かったわね」
そう言ってフランツを見上げるマリーアに、フランツは笑顔を返す。
「ああ、一安心だな。これからグレータたちがどんな活躍をするのか楽しみだ」
「これから魔道具って、もっと広まるの?」
「そうだな。確実にそんな未来がやってくるだろう。ハイディがどんな偉業を成すのかも、とても楽しみだな」
楽しそうにグレータたちと話をするハイディのことを、フランツが満足げな表情で見守っていると、マリーアが少し躊躇いながら問いかけた。
「……あんた、ハイディのことを好きとか、そんな感情はないのよね?」
「ハイディのことは普通に好きだぞ。ただまあ、魔道具以外に興味がなさすぎるところは改善するべきだと思っているが」
恋愛感情ではなく友情の好きであるフランツの言葉を正確に理解したらしいマリーアは、ガクッと体を傾かせながら、さらに質問を重ねる。
「……そうじゃなくて、恋愛感情よ。ほら、前にわたしに恋愛感情を持てるかって話をしたじゃない。ハイディにはどうなの? あの時に恋は手に入らないから楽しいって話にもなったけど、ハイディは当てはまるんじゃないの?」
改めての問いかけに、フランツは真剣に考えた。ハイディに恋愛感情を持つなど今まで考えたこともなく、かなり難易度の高い質問だ。
しばらく悩んでから、結論は出た。
「今のところ、難しいようだ」
「やっぱりそうなのね……じゃあ、カタリーナはどうなのよ」
マリーアの問いかけには僅かに緊張感が滲んでいて、フランツはそれを不思議に思いつつ、さらに考えた。
カタリーナは強くて頼りになる冒険者仲間だ。一般的に見て可愛らしい令嬢であることは、さすがにフランツでも分かる。
ただ、恋愛感情を持てるかと言われると……。
「よく分からないな」
フランツは女性からアプローチされすぎて、誰でも手に入る環境が長くて恋愛感情というものがあまり育たずにここまで来たが、それと共に無意識のうちに恋愛を自身から遠ざけているところもあるのだ。
フランツほどの立場になると結婚相手を自分の意思だけで決めるのは難しく、それならば結婚相手が決まってから相手を好きになる方が傷つかないというのは、合理的な選択肢ではある。
「そうなの。よく分からないのね」
マリーアはその言葉を聞いて、フランツに分からないよう小さくガッツポーズをしていた。
――わたしとハイディは難しいだったのに、カタリーナは分からない。これは……もしかしたら、もしかするんじゃないの!? カタリーナ、もっと頑張れば可能性がありそうよ!
マリーアは珍しく内心で高揚し、仲間であり友人の恋心が実ることを祈った。
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