第119話 不思議な着地点

「カタリーナも参加すればいいんじゃない!?」


 突拍子もないハイディのその提案に誰も言葉を発せないでいると、ハイディがさらに提案を続けた。


「ほら、フランツと、その婚約者候補である私とカタリーナって感じで。なんで二人が参加してるのかは……二人とも友人だからとか、適当に濁しておけば大丈夫だよ!」


 なんとも適当なハイディの提案に、フランツは呆れた表情を浮かべ、ここまで静かに成り行きを見守っていたマリーアがポツリと呟く。


「ハイディの婚約者候補としてフランツが参加するのはまだ分かるとして、さらにそのフランツの別の婚約者候補であるカタリーナが参加するって、大丈夫なの……?」


 マリーアの懸念通り、そんなことは普通ならばあり得ない。もしあるとするならば、ハイディとフランツが仲を深めているところに、カタリーナが割り込んでいる場合ぐらいだろう。


 つまり、婚約者選びに揉めていることになってしまう。


「マリーアの言う通りだ。さすがに無理矢理が過ぎるだろう」

「大丈夫だって。世の中には婚約者候補同士が仲良しってこともあるんだよ」


 うんうんと言いながら頷いて自分で納得しているハイディを、フランツがさらに窘めようと口を開きかけたところで――先にカタリーナが言った。


「確かにパーティーの中で私たちが仲の良いところを見せていれば、それも通るでしょうか……」


 突然のカタリーナの援護に、ハイディは身を乗り出す。


「うんうん、私もそう思う! あ、なんならフランツを真ん中にして私とカタリーナ、二人がパートナーって感じにしちゃう? ほら、高位貴族とか優秀な武人や研究者は、二人と結婚することもあるでしょ?」


 ハイディの言っていることは間違ってはいない。しかし本当に稀なことで、重婚をすれば周囲に様々な興味を向けられる程度には目立つ行動だ。


 子供ができない、どうしても勢力バランスを保つために二つの家と縁を結ぶ必要がある、そのような理由のある場合がほとんどである。


「確かに、それもありかもしれませんわ……」


 なぜか乗り気なカタリーナにフランツが不思議に思い、マリーアが怪訝な表情を浮かべていると、ハイディがカタリーナの手をギュッと握った。


「カタリーナ、ありがとう……! パーティーの中ではフランツの婚約者候補になってるから他に目は向けられないって言うけど、私はフランツの婚約者になりたい気持ちは微塵もないから安心してね!」


 ハイディの追い風を吹かせるような言葉に、カタリーナの心は傾いているらしい。なんだか前のめりになり、口元には笑みが浮かんでいる。


 ――フランツ様の婚約者候補となったのに、何もないまま月日が流れていたけれど、ついにフランツ様のパートナーとしてパーティーに出席できるチャンスよ。この際ハイディ様がいたとしても、チャンスを逃したくないわ……!


 カタリーナの内心は、フランツのパートナーとしてパーティーに出席してみたいという貴族令嬢ならば当たり前の乙女な心に満たされており、客観的に状況を把握して正常な判断ができているのかは怪しかった。


「私、ハイディ様のことをお助けしますわ」


 そんなカタリーナが、凛とした声で告げた。


「本当!? カタリーナありがとう! フランツもいいよね? 今回のパーティーはほとんど貴族は参加しないものだし、三人で参加しても騒ぎになったりしないと思うからさ。ね、いいでしょ? 私のことを助けると思って!」


 カタリーナの了承を得たことで、ハイディの勢いは増している。


 フランツはこの提案に頷いて良いのだろうかと悩みつつ、カタリーナが了承したことで強く拒否するモチベーションもなくなってしまい、ちょっとした疲労感を覚えながら思考を停止させた。


(貴族は参加しなく、三人での参加が騒ぎにならないのであれば、私がハイディの婚約者候補として参加するのでも問題なかった気がするが……)


 そう思いつつ、フランツは少々投げやりに首肯する。正直なところ、フランツは今回のような貴族的な周囲への見え方などを計算するのは得意ではないのだ。


「分かった。三人でパーティーに参加しよう。私たちは偶然遊びに来ていた、とでも説明してくれ」

「フランツありがとう……! これで婚約打診についての対処は完璧だよ!」


 そう言ってグッと親指を上げたハイディは、ぐるっとマリーアに視線を向けると親切心からだろう提案をした。


「もちろん、マリーアのこともパーティーに招待するからね。私のお抱え冒険者枠とかでいいかな?」


 そんな提案にマリーアは遠い目をしながら、どこか疲れたように頷く。そしてポツリと、本人にしか聞こえない声音で呟いた。


「面倒なことになる予感しかしないパーティーね……」


 マリーアのそんな呟きが聞こえていないハイディは、フランツの気が変わらないうちにと考えているのか、さっそくソファーから立ち上がる。


「じゃあ、皆でパーティーの準備をしようか! フランツたちは冒険者としてここにいるなら、パーティー服なんて持ってないでしょ? うちにあるのなら好きに使っていいよ。簡単な手直しならすぐできると思うし」


 そんな提案に真っ先に反応したのは、やはりカタリーナだ。


「ありがとうございます! 一週間なんてあっという間ですわ。フランツ様のパートナーに相応しいよう、完璧に整えなくては。ハイディ様、服以外にも整えたい部分がたくさんありますの。もしよろしければ、メイドと客室をしばらく貸していただけませんか?」

 

 カタリーナの頭からはハイディが敵という認識は抜けたのか、今はパーティーのことで頭がいっぱいなのか、ハイディにずいっと近づいている。


「もちろんいいよ。好きなだけ使って」

「ありがとうございます……!」

「あ、カタリーナがここにしばらくいるなら、フランツとマリーアの客室も準備させるよ。パーティーまでの一週間、二人には魔道具研究を手伝ってもらったりなんて……」


 ハイディの思惑はそちらだったようで、瞳をキラッキラに輝かせたハイディに、フランツは苦笑しつつ頷いた。


「別に構わない」


 少々投げやりなその返答に、マリーアも続く。


「わたしもなんでもいいわ」

「本当!? やったー! じゃあさっそく衣装室で服を決めたら、その後は研究ね!」


 そうして四人の話し合いは思わぬ着地点で終わりとなり、パーティーに向けて前のめりなカタリーナと、早く準備を終わらせた先にある魔道具研究に向けて前のめりなハイディによって、フランツとマリーアは半ば無理やり衣装室に連れて行かれた。

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