第117話 応接室で話し合い
グレータとルッツの二人に課す試験を楽しげに考え始めたハイディを、フランツが止めた。
「すまない、ちょっと待ってくれ。二人の実力を見てくれるのは嬉しいのだが、試験は少し後にしてくれないか? ここに来たもう一つの目的を果たすため、ハイディとは早急に話をしたいのだ」
楽しくなっていたところに冷水を浴びせられたからか、ハイディの表情は不満げに歪む。
「えぇ〜、それってそんなに大事な話なの? 魔道具に関わること以上に大事な話なんてないと思うけど」
「いや、こちらの方がより大切だ。今ここでどうにかしなければ……そうだな、ハイディの魔道具研究も近いうちに滞るかもしれないぞ」
「え、なんで!?」
少し大袈裟に伝えると、ハイディはフランツの予想通り食いついた。
「その話は場所を移動してからにしよう。少し時間がかかるからな」
「……分かったよ。しょうがないね。じゃあグレータとルッツには、いくつかの魔道具作製を指示しておいていい? 結果を見ただけで実力が分かるやつにするから」
「それなら構わない」
ここからの話は貴族としての話になるため、フランツとしてもグレータとルッツがいない方がありがたいのだ。
フランツが頷くと、さっそくハイディは二人を隣の部屋に連れて行き、そこでいくつか指示を出した。
「じゃあ、私が戻ってくるまでにやっておいてね」
「は、はいっ」
「頑張ります!」
グレータとルッツが緊張の面持ちで頷いたところで、フランツたちは移動だ。ハイディが応接室に行こう〜と緩く手を上げながら一歩目を踏み出したところで、ハイディの侍女が声を上げた。
「ハイディお嬢様。口を挟んでしまって大変申し訳ございません。しかしどうかお着替えと、髪を整える時間をくださいませんか」
侍女が懇願するのも無理はない。今のハイディは無造作に……というよりもボサボサに乱れた三つ編みに、魔道具研究の過程で汚れた顔や手、眼鏡、そして到底貴族令嬢とは思えないツナギのような作業着という出立ちなのだ。
ハイディの容姿は実は優れているのだが、その格好で容姿の良さを完全に消していた。
「でもフランツたちを待たせちゃうのは悪いでしょ?」
それらしいことを言って侍女の進言を却下したハイディだったが、フランツはすぐに分かる。ただ着替えるのが面倒なだけだと。
ただそれが分かったところで、フランツも格好はほとんど気にしないタイプであるため、ハイディを窘めなかった。
「ハイディの好きにしたら良い。私は格好は気にならないからな。そもそもハイディのその姿は何度も見ている」
「フランツさすが、分かってるね! そういうことだから……」
「ではっ、お顔だけでも拭かせてください!」
それでも食い下がる侍女にハイディは面倒そうにしながらも頷き、ハイディは顔と眼鏡、そして手だけは綺麗になった。
そんな中でフランツたちは応接室に着き、ソファーに腰掛ける。フランツの向かいがハイディで、フランツの両隣がマリーアとカタリーナだ。
ずっと食事をしていなかったというハイディの腹の虫によって軽食を食べながら話すことになり、フランツはサンドウィッチを大口で食べているハイディに向かって、この街で起きている大きな問題を告げた。
「ハイディ、今この街、トーレルで起きている異変には気づいているか? ルプタント商会が随分と好き勝手に動いているようだが」
フランツの言葉を聞いたハイディは、もぐもぐと咀嚼をしながら首を傾げる。そして飲み込んでから口を開いた。
「問題なんて起きてるの? ごめん、最近はちょっと研究に夢中で、あんまり他の情報は頭に入ってなくて……」
その言葉にフランツがやはり予想通りかと額に手を当てる中、ハイディが思わぬ事実を口にする。
「ただルプタント商会の名前は知ってるよ。最近いい素材をたくさん売ってくれる商会なんだけど、婚約を打診されて困ってて。婚約なんてする気はないんだけど、ほら、断ると素材が手に入らなくなるかもしれないじゃん? だからどうすればいいのかなって、つい対応は先延ばしに……」
ハイディの告げたその言葉で、フランツは全ての情報が上手く繋がっていく感覚を覚えた。
そのうち貴族に目を付けられるような派手な動きをしているルプタント商会の思惑が、いまいちはっきりと浮かび上がってこなかったが、それはハイディとの婚約だったのだ。
素材を独占したのは、ハイディがルプタント商会に依存するよう仕向けるため。そして動きが過激なのは、公爵夫妻が戻ってくるまでに婚約という事実を作り上げてしまいたいから。また荒稼ぎした金も、ハイディとの婚約のために使うつもりだったのだろう。
そんなルプタント商会の思惑が分かったところで、フランツはつい呆れたため息を溢してしまう。
「ハイディ、私でも分かる簡単な思惑に気づかないのはどうかと思うぞ」
フランツは自分が貴族的なやり取りが苦手だと認識しているため、そんな自分以下なハイディに改めて危機感を覚えた。
「ハイディはもう少し魔道具以外に興味を向けるべきだな」
「え、なに? フランツ何か分かったの?」
まだ何も理解していない様子のハイディに、焦れた様子のカタリーナが立ち上がる。
「敵に塩を送るのは気に入りませんけど……」
そう小さく呟いてから、カタリーナはビシッと告げた。
「ハイディ様は、ルプタント商会に見下されているのですわ! 公爵家の令嬢がそんなことでどうします! もっとしっかりしてくださらないと困りますわ! ルプタント商会は素材を独占し、他の商会や工房の手に入らないようにして、ハイディ様を依存させようとしているのです。その状況で婚約打診を迫る……こんな杜撰な計画が上手くいくと思われているのですよ!? 悔しくないのですか!」
貴族令嬢として我慢できなかったのかカタリーナが告げた言葉に、フランツは何度も頷き同意する。
「カタリーナの言う通りだ。ハイディ、相当舐められているな」
「まさか、そんなことをされてたなんて……」
ついに現状を把握したハイディは衝撃に目を見開き、さすがに反省したのか落ち込むように肩を落とした。
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