第115話 婚約者候補同士
ハイディが続きの作業に取り掛かろうと手を動かし始めたところで、フランツがその動きを制して話があることを伝えると、ハイディは不満げな表情を強くした。
「え、でもこれからいいところなんだよ? さすがにここで止めるのは無理だって」
「それでも後だ。少し私たちに付き合ってくれ」
フランツが後ろから肩を掴んで研究室の出入り口に促すと、ハイディは渋々それに従う。
ハイディは達成感のある作業の区切りに声を掛けると、割と素直に従うのだ。ハイディを研究から引き離すコツは、作業の進捗を確認してタイミングを見計らって声をかけること、さらにその作業が完璧に仕上がるよう補助すること、この二つになる。
「そういえば、なんでフランツがここにいるの? というか騎士服は?」
今更なハイディの疑問に、フランツは少し自慢げな表情を浮かべた。ハイディの肩をくるっと回して向き合うと、口角を上げて楽しげに告げる。
「実は先の戦争で活躍した報酬として、長期休暇をもらえたのだ。その休暇を利用して、今は冒険者として国を巡っている」
その言葉を聞いたハイディは、純粋に喜んだ。表情を明るくして手を叩く。
「え、良かったね! フランツは冒険者になるのが夢だったもんね〜。楽しい?」
「ああ、日々素晴らしい冒険者たちに刺激を受け、楽しく学びのある旅をしている」
「そっか〜」
冒険者としての日々に学びや楽しさがあるというフランツの言葉に対して、ハイディが首を傾げることはなかった。
それどころかニコニコと楽しげな笑みを浮かべている。
魔道具以外には適当なハイディのスルースキルが発揮されているのだろう。
またハイディにとっての冒険者とは、魔道具作製に必要な素材採取を担ってくれる者たち、それ以上でもそれ以下でもない。そのため、実情をはっきりと理解していない側面もあるはずだ。
そんなハイディが、何かに気づいたのかハッと勢いよく顔を上げた。
「え、待って待って。じゃあフランツは今、自由に魔物素材を取ってこれるってことだよね! 私が依頼したら欲しい素材を集めてくれる!?」
「もちろん構わないぞ。魔物素材を集めるのも冒険者の仕事の一つだからな。冒険者ギルドを通してくれるか?」
冒険者としての仕事ができることが嬉しく、フランツの口元は緩んでいた。そんなフランツに、ハイディの瞳は輝く。
「フランツありがとう〜! もちろんだよ。今すぐ依頼を出すね。え、なんの素材がいいかな。フランツならどんな魔物でも倒せるよね。素材はギルドに送ってもらえばいいから、これからフランツが向かう各地の希少素材を頼もうかな。うわぁ、最高すぎる!」
そうして二人が途中で立ち止まって楽しそうに話をしていると、カタリーナが声を張って割り込んだ。
「そのお話は移動してからにしませんか? フランツ様、私たちもご挨拶をしたいですわ」
にっこりと綺麗な笑みを浮かべているカタリーナだが、口元はひくひくと動いていた。
――予想以上よ。こんなに仲が良いなんて聞いていないわ。強敵すぎるじゃない。なんとか私のこともアピールしなければ……!
静かに闘志を燃やすカタリーナには気づかず、フランツはもう一度ハイディを研究室の外に促した。
「そうだったな、すまない。ハイディ、まずは私の冒険者仲間を紹介する。マリーアとカタリーナだ」
皆が待機していた研究室の出入り口まで戻ったフランツが二人の紹介をすると、ハイディは当たり障りのない笑みを浮かべて挨拶をする。
「ハイディ・トレンメルです。よろしくね」
その興味が薄そうな感じを見てより一層、カタリーナは闘志を燃やしたようだ。貴族令嬢らしい完璧な笑みを浮かべて、綺麗な所作でお辞儀をした。
「私はカタリーナ・エルツベルガーと申します。この度はハイディ様にお会いできて光栄ですわ」
エルツベルガーという名前と綺麗な所作に少しだけハイディは目を向けるが、反応はそれぐらいだ。それにカタリーナは悔しくなったのか、言わなくても問題ないことを口にした。
「ハイディ様とは同じ立場ですから、一度お話をしてみたいと思っておりましたの」
その言葉にハイディは首を傾げる。
「何か共通点があった?」
「はい。私もフランツ様の婚約者候補なのです」
眉をピクピクと動かしながらカタリーナが答えると、ハイディはさらに首を深く傾げてフランツを見上げた。
「私って、フランツの婚約者候補だったの?」
「……そういえば、そうだったな。私は一応そう聞いているが」
その事実を忘れかけていたフランツが頷き返すと、ハイディは新鮮な驚きを顔に浮かべた。
「そうなんだ! 全然知らなかったよ〜。でもさ……私は結婚なんて全くしたくないんだけど。特にフランツとなんて、面倒くさいことになるのが目に見えてるし」
嫌そうに顔を顰めたハイディに、フランツは窘めるように伝える。
「それが家や国のためになるならば仕方がないだろう? 私は父上の決定に従うつもりだ」
「まあ私も、お父様の決めたことなら仕方がないとは思うけど〜。でもただの候補だし、カタリーナ様も候補なら私が選ばれない可能性もあるってことだよね」
嬉しそうにそう言ったハイディは、カタリーナの手を握った。そして満面の笑みで伝える。
「フランツの婚約者に選ばれるように頑張って!」
ライバルだと闘志を燃やしていた相手から応援されてしまい、カタリーナは困惑の表情を浮かべた。
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