第114話 ハイディとフランツ

 物が散乱して酷い状態の研究室に足を踏み入れるのは、もう何十回、何百回目であるため、フランツは完全に慣れていた。


 ハイディがいる場所まですぐに辿り着いてテーブルの上を覗き込むと、そこでは繊細な技術が要求される魔道具作製が今まさに行われている。


(これは作業に一区切りつかなければ、ハイディがこちらに意識を向けることはないな)


 フランツはすぐそう判断し、作業の手伝いをすることにした。今ハイディが行っているのは、魔石と鉱石をどちらも上手く削り、接着剤のような不純物なく二つを密着させる作業だ。


 少し力加減を間違えればどちらも欠けてしまうし、形が少しズレていてもぴたりと重ならない。とても難易度が高く、帝国ではハイディぐらいしかできないのではないかと言われているものだ。


 接着剤を使うのでも問題はないが、やはり不純物は極力なくした方がエネルギー効率が良く長持ちすると、ハイディは研究成果として明らかにしていた。とはいえ、それを実践できる者がいないのだが。


「火と光、どちらが良い?」

「光」


 フランツの問いかけに、ハイディは削っている魔石から視線を逸らすことなく即答した。その返答を聞き、フランツは光魔法で上手く魔石を照らして作業の補助をする。


 さらに光魔法を操りながら土魔法で石製の小さなコップを作り出し、その中を水魔法を使って水で満たした。テーブルの上に置かれていたスポイトを水球の中で綺麗に洗ってから布で水気を拭き取り、コップに満たした水を吸い上げる。


「魔法水だ」


 フランツがスポイトを手渡すと、ハイディは小さな錐のような工具を置いてスポイトを手にした。そして先ほどまで削っていた箇所に数滴垂らす。


 その水をハイディが清潔な布で拭き取ったところで、フランツがその場所にだけ弱く風魔法をかけて僅かに残っていた水分も飛ばした。


 そこでハイディは小さなブラシに白い粉をつけ、断面を丁寧になぞる。それによって凹凸が明らかになったところで、今度は別の工具を手にした。


「光を左右から均等に当てて」

「分かった」


 そうして二人が、阿吽の呼吸と言っても過言ではないほど息を合わせて魔道具作製を進める様子を、研究室の入り口で足止めされていた皆はそれぞれの感情で眺めていた。


 悔しそうに唇を噛み締めるのはカタリーナで、マリーアはこれからの苦労を悟っているのか遠い目をしている。

 グレータとルッツは中で高度なことが行われていると気づいたのか、何とか手元が見たいと首を伸ばしていて、そんな四人の後ろではトレンメル公爵家の使用人たちが驚きに目を見開いていた。


「ハイディお嬢様の研究に付き合えるとは……」

「さすがフランツ様だ」


 そんな多様な視線に晒されながらもハイディの作業は順調に進み、ついに魔石と鉱石が一部の隙もなく、ぴたりと重なった。もうこの二つが離れることはない。


「よしっ、完璧」


 顔を上げたハイディは達成感に満ち溢れていて、ずっと手伝っていたフランツに視線を向けた。


「手伝ってくれた人、ありがとう! すっごく有能ね。あなたが嫌じゃなければうちで雇う……」


 そこまで告げたところで、フランツの顔をはっきりと認識したハイディは動きを止める。そして残念そうに深く息を吐き出した。


「なんだぁ〜、フランツか」

「そんなに落胆することはないだろう? ハイディ、久しぶりだな」


 片眉を上げてからフランツが手を差し出すと、ハイディは落ち込んだままフランツと握手を交わす。


「いや、久しぶりに会えたことは嬉しいけどさ……すっっごく優秀な助手になりそうな逸材だって思ってたのに。フランツじゃ、あのぐらいできるよね〜。フランツはやっぱり、私と一緒に魔道具研究の道に進むべきじゃない? その能力を使わないなんて本当にもったいない」


 帝立学園時代から何度目になるかもう数えていない、ハイディの勧誘が始まった。


「フランツと私が組めば、帝国が魔道具大国になるのだって夢じゃないんだよ! ほら、帝国の発展に貢献できるよ? それに魔道具が発展すれば軍事力の増強にも繋がるし、今までは働けなかった人が道具の力を借りることで働けるようになって、生産力の向上にも繋がるし――」


 ハイディは客観的に見ると魔道具にしか興味がない困った令嬢なのだが、魔道具が関わることに関しては特に、頭が素早く働くのだ。


 魔道具を作るという技術者としての優秀さだけでなく、魔道具の活用まで考えられるのがハイディだった。


「ハイディ、私は騎士の仕事が気に入っているのだ。確かに魔道具研究も帝国にとって大切なことだと思うが、それだけに時間を使うことはできない。それに魔道具作製に限定するならば、私よりも優秀な者はいるだろう?」

「そうだけどさ……でも助手としての才能はフランツが一番だと思う!」

 

 帝国の英雄を魔道具作製の助手にしようとする者は、国中を探してもハイディぐらいだ。


「助手には魔道具師を目指す若い才能を育てると良い」


 そこで言葉を切ったフランツに不満げな表情を浮かべつつ、さっそく続きの作業に取り掛かろうとハイディが動き出したところで……フランツがそれを素早く制した。


「ハイディ、続きは後だ。今日は君に話があって来た」

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