第112話 トレンメル公爵家へ

 次の日の午前十時ごろ。フランツたちは皆で首都トーレルにあるトレンメル公爵邸を訪れていた。

 街の中腹より少し上部に広い敷地を取って建てられているその屋敷は、斜面を利用した複雑な設計の屋敷となっていて、外観を見るだけで楽しめた。


「話には聞いていたが、珍しい造りの屋敷だな」


 フランツがそう呟くと、マリーアが問いかける。


「フランツもこの街は初めてだっけ?」

「ああ、初めてだ。帝立学園時代はハイディも帝都の公爵邸にいたからな。こちらに来る機会はなかった」


 帝都のトレンメル公爵邸には何度も行ったことがあるという意味の言葉に、カタリーナの瞳はより燃え盛る。

 そんな中で昨日までよりも綺麗な服に身を包んだグレータとルッツが、緊張からガチガチに固まりながら告げた。


「は、入るなら早くしよう」

「そうだ、ぜ。こんなところにいたら、不審者って思われる」


 二人のその言葉に、まだ屋敷を囲う塀の近くで立ち止まっていたフランツたちは、少し先に見える立派な外門に向けて足を進めた。


 しばらく進むと門を守る門番がいて、フランツたちは声をかけられる。


「トレンメル公爵家に用がある者か? 本日は来客を予定していないが、約束がなければ中には入れないぞ」


 約束なく近づいてくる五人に門番の男性が警戒を強める中、グレータとルッツの体が震え始めた。


「お、おいっ、やっぱり約束が必要みたいじゃないか?」

「フランツ大丈夫なのか? 捕まったりしないか?」


 フランツの背中に隠れるよう身を縮めた二人に、フランツは爽やかな笑みを向ける。


「大丈夫だ。別に悪いことを考えているわけではないのだから、捕まることはない」


 そんな話をしているうちに門の前に着いて、フランツが笑顔のまま言った。


「突然来てしまって申し訳ない。私はフランツ・バルシュミーデだ。こちらがその証である。本日はハイディに用があってきたのだが、ハイディは時間があるだろうか。もし会うのが難しければ、後日で構わないので会える日程を教えて欲しい」


 フランツの言葉を聞いた門番の男性は瞬きもしないまま綺麗に固まり、フランツが提示した証とフランツの顔を何度も交互に凝視して――慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ございません! まさかフランツ第一騎士団長だとは思わず……、す、すぐに連絡いたしますので、中の待合室でお待ちください!」

「ありがとう。急がなくとも構わない」

「は、はっ。ありがとうございます!」


 門番の男性はもう一人の門番にフランツたちの案内を頼むと、慌てて屋敷へと走っていく。それを見送りながら、フランツたちは貴族の客人を待たせるための豪華な部屋に通された。


 部屋の豪華さにフランツとカタリーナは当たり前のようにソファーへ向かい、マリーアもさすがに慣れてきたのかすぐに腰掛け、グレータとルッツは入り口でぽかんと室内を見回している。


「グレータさん、なんか俺たち、凄いところに来てませんか?」

「ああ……凄いな。本当にフランツは、英雄なんだな」

「今日ちゃんと、実感しましたよね……」


 そんな言葉を交わす二人に、フランツが声を掛けた。


「好きなところに座ると良い。ハイディまで話が向かうには少し時間がかかるだろう。ずっと立っていては疲れてしまうぞ」

「わ、分かった」


 そうして二人も座ったところで、ちょうどドアがノックされた。


「お茶をお持ちいたしました。ドアを開けてもよろしいでしょうか」

「構わない」


 フランツの答えに、ドアがスッと音もなく開く。そこから入ってきたのは、メイド服を着た女性が二人だ。お盆にはお茶と共に、軽く摘める菓子がいくつも載っている。


 突然来たフランツたちに、すぐこれだけのもてなしができるのは、さすが公爵家だろう。


「ミルクや砂糖はいかがいたしますか?」

「私は必要ない」

「私はミルクだけ入れてちょうだい」


 フランツとカタリーナが慣れたように答える中、グレータとルッツが救いを求める眼差しをマリーアに向ける。そこでマリーアは苦笑しつつ、二人に問いかけた。


「特別なこだわりはないの?」

「あ、ああ、何でも構わない」

「お、俺もだ」

「じゃあ……わたしたち三人もミルクだけでお願いね」

「かしこまりました」


 そうしてメイド服の女性二人が手際よくお茶を入れ始めるのを見て、グレータとルッツは大きく息を吐き出す。


 それからは二人も少し環境に慣れてきて、皆で雑談をしながら時間を過ごしていると、五人は迎えにきた使用人によって屋敷内に案内された。

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