第111話 カタリーナの闘志

 フランツたちの身分を知った上でハイディへの紹介を頼んだグレータに対し、フランツはニッと口角を上げた。


「分かった。では、さっそく皆でハイディのところに行こう。とはいえ今日はもう遅いので、明日だろうか」

「明日!? 随分と早いな……!」


 あまりにも急な日程にグレータが目を剥くように驚く。さらにルッツがまた混乱が再発したように、慌てながら問いかけた。


「あ、フ、フランツ、俺も行っていいのか? というか敬語の方がいいのか?」


 その問いかけに、フランツは爽やかな笑顔で告げる。


「もちろんルッツも一緒だ。ルッツはさすがグレータの弟子だと思える、素晴らしい腕前だったからな。そして私に対して敬語はいらない。基本的には身分を隠しているため普通に冒険者として接してほしい」

「わ、分かった」


 二人との話が途切れたところで、マリーアが眉を顰めながら口を開いた。


「フランツ、明日なんて急すぎないの? 貴族同士のやり取りってこう、無駄に時間がかかるイメージがあるけど」


 マリーアのイメージはまさにその通りだ。貴族らしいやり取りと言えば、相手の屋敷を訪ねる前に窺いの文を出して、そこから何度かやり取りをして日程を決めていく。


 つまり、普通は何週間も前から予定を立てるものなのだ。さらに実際に訪問するときには、手土産を選んだり連れて行く使用人を厳選したり……さまざまな配慮が必要になる。


 ただこれは一般的な関係性の場合で、貴族間でもかなり親しい場合はこの限りではない。とても親しい友人関係や婚約者同士、別の家に嫁いで離れている実の兄妹などだ。


 その場合は平民のように突然家を訪れたり、勝手に泊まったり、もちろん互いの家が厳しくない場合に限るが、そのようなケースもある。


 そしてフランツとハイディは、そのケースだった。


「ハイディのところならば問題はない。特に今はトレンメル公爵夫妻もいらっしゃらないようだしな」


 その言葉に、フランツは特に深い意味を載せていなかった。仲が良い友人であり、特にハイディが貴族らしさを微塵も気にしない性格なので問題はない。むしろ文など送っても、いつ読まれるか分からない。


 そんな理由での、ハイディならば問題はない。という言葉だったが、カタリーナはフランツの言葉を深読みしたようだ。


「……同じ婚約者候補なのに、出遅れているわ。まさかそんなに深い関係だなんて……」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いたカタリーナは、瞳の奥に闘志を燃やしながら拳を握りしめた。


 しかしカタリーナの変化には気付かず、フランツは言葉を続ける。


「とりあえず明日公爵家に行ってみて、ハイディと会えればそのまま話をして、会えなければその場でハイディと会える日取りを聞いてこよう。それで構わないか?」


 フランツの問いかけにグレータとルッツ、そしてマリーアは困惑しながら頷いた。


「あたしたちはよく分からないし、任せる」

「俺もだ」

「わたしも任せるわ。フランツが大丈夫って言うなら、多分大丈夫なんでしょ」


 三人からの同意に頷いたフランツは、未だにハイディへの闘志を燃やすカタリーナに視線を向けた。


「カタリーナはどうだ? 明日ハイディのところに行くので問題ないだろうか」

「はいっ! 絶対に負けません!」

「……何かハイディと競い合っていたのか?」


 首を傾げたフランツが問いかけると、カタリーナはハッと我に返った様子で慌てて口を開く。


「い、いえ。せっかくハイディ様にお会いできる機会ですから、自分に負けず短い時間で完璧な準備をと気合を入れていたのです。私はバルシュミーデ公国に属する侯爵令嬢です。トレンメル公国で醜態は晒せません」


 そう言って「おほほほほ」と誤魔化したカタリーナに、フランツは何も考えずに伝えた。


「カタリーナならば、普段の姿で問題ないと思うが……逆にハイディに、貴族令嬢らしさを少しでも教えてあげて欲しいぐらいだ」


 フランツの言葉に、カタリーナはグッと言葉に詰まる。


 ――褒めていただけるのは嬉しいけれど、今の私は貴族令嬢らしさがないハイディ様に負けているということね! そしてハイディ様に貴族令嬢らしさなんて教えたら、よりハイディ様の株が上がってしまう。しかしフランツ様からの頼みを断るなんて――。


 カタリーナは脳内で高速に思考した後、完璧な笑顔で言った。


「かしこまりました。もしハイディ様が私などの知識を必要とされましたら、喜んで開示いたします。しかし公爵家のご令嬢であるハイディ様には、私など及ばないでしょう」

「ありがとう。助かる」


 遠回しに断ったのだろうカタリーナだが、フランツには伝わっていない。フランツは文武両道の天才なのだが、天才であり次男であるが故に、貴族社会で生きていく術をあまり教えられていないのだ。


 騎士団長には史上最年少で上り詰め、この若さで英雄と呼ばれる活躍をして、知識が豊富で特に興味のある分野などでは研究者とも対等に話ができて――しかし、貴族的なやり取りは苦手としている。


 フランツが伸び伸びと才能を伸ばせるようにと、煩わしいことは全て周りが解決してしまった故の弊害だ。


「い、いえ。フランツ様のお役に立てて嬉しいです」


 カタリーナはそう言って、傍目には落ち込んでいることなど分からない綺麗な笑みを浮かべた。カタリーナが感情を隠すことが上手すぎるのも、フランツに対しては良い方向に働いていないのかもしれない。


「ではグレータとルッツ、また明日迎えにくる」


 そうして明日の約束をして、フランツたちは工房を後にした。

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