第110話 フランツの身分と後ろ盾
フランツが突然ハイディ・トレンメルを招待したいと告げたことで、グレータは理解できないというように首を傾げながら口を開いた。
「どういうことだ……?」
「フランツ、名前間違ってないか?」
ルッツもそう言って首を傾げたところで、フランツは自らの身分を示す証を取り出す。そしてさらっと告げた。
「いや、合っている。実は、私の本名はフランツ・バルシュミーデと言って、第一騎士団の団長をしている。帝立学園時代にハイディとは同期で友人だったため、声をかけることに問題はない」
そこまでの告白で、二人は穴が開くほどフランツを凝視する。
「グレータの技術を見てきて、絶対に埋もれて良いような技術ではないと思ったのだ。グレータが思うように研究・魔道具作製できない現状は帝国の損失だろう。そこでグレータ、君には強力な後ろ盾が必要だと思う。この街で私が紹介できる魔道具師はハイディしかいないため、グレータが嫌ではないならば紹介したいと思っているのだが、どうだろうか」
フランツが言葉を切ってグレータに意思を問いかけると、グレータは手にしていた工具を置いて手を意味もなくあわあわと動かした。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。意味が分からない。どういうことだ? フランツがハイディ様と同期で友人? それに第一騎士団の団長って――」
「グ、グレータさん、フランツはあの英雄ってことですか!?」
大きく口を開けたまま固まっていたルッツが、動揺を何とか抑えるように大きな声で叫ぶ。するとグレータも混乱からか、声を大きくしてルッツの肩をガシッと掴んだ。
「やっぱりそうだよな。そう聞こえたよな!」
「き、聞こえました……! 俺たちの耳がおかしくなったんでしょうか」
「そうだな。まだその可能性が……」
二人が一致団結して現実逃避をしようとしている中、話の成り行きにわなわなと小さく震えていたカタリーナが口を開く。
「フ、フランツ様っ。なぜハイディ様なのですか!」
カタリーナは、フランツがハイディに会いたいと思っているのではと心配しているのだろう。眉を下げて緊張の面持ちだ。
グレータとルッツはカタリーナの突然の大きな声に、混乱も忘れたのか固まった。
マリーアはそんなカオスな状況を、少し離れたところから呆れた表情で眺めている。
「いや、魔道具師と言えばハイディだろう? それにこの街の現状を放置はしておけないため、一度ハイディと会って話をしようと思っていたのだ。ハイディは魔道具に関しては天才だが、他の部分が抜けているからな」
ハイディからしたらフランツには言われたくない言葉かもしれないが、カタリーナはそんなツッコミをする余裕もないらしい。
昔を思い出すような優しい表情でハイディを語るフランツに、カタリーナはグッと唇を噛み締めた。
「……フランツ様は、ハイディ様と会いたいと思っているのですか?」
「そうだな。近くに来たのであれば、顔を出すぐらいはと思っている。ハイディは話してると面白いんだ」
フランツの気持ちに恋愛感情はなく、旧友の顔を見ておこうぐらいの意味だったのだが、カタリーナはそう単純には受け取れないらしい。
――どうすれば、フランツ様がハイディ様と会わずに済むかしら……! この様子では、お二人が再会したら婚約者がハイディ様に決まってしまうかもしれない。それは絶対に阻止しないと!
カタリーナがそんなことを必死に考えていると、静観していたマリーアが動いた。
「はい、カタリーナ。話はそこまでよ。フランツ、グレータたちが混乱の中で放置されてるから説明をしてあげて」
「そうだな。話が途切れてしまってすまない」
フランツがそう言って改めてグレータとルッツに向き直る中、マリーアはカタリーナの耳元で囁く。
「カタリーナ、これは逆にチャンスかもしれないわよ。今ずっとフランツの近くにいるのはカタリーナなんだから、ハイディ様と会うところにカタリーナも一緒にいれば、カタリーナの方が婚約者として相応しいって思わせられるかも」
その囁きはカタリーナに多大な効果をもたらしたようで、カタリーナは瞳を輝かせて闘志を燃やす。
「確かにそうだわ……! マリーアありがとう。今回はハイディ様と直接対決をする機会ということね。それならば全力で頑張らなければ」
拳をグッと握りしめるカタリーナに、マリーアは苦笑を浮かべて呟いた。
「何だか、また疲れる日々になりそうね……」
その呟きは誰の耳にも届かず、二人が話をしている間にグレータとルッツの混乱は少し収まったようだ。
「本当にフランツはあの英雄なんだな。じゃあ、カタリーナとマリーアは……」
グレータが視線を二人に向けて、ちょうど話が終わっていたカタリーナはやる気満々で口を開く。
「私はカタリーナ・エルツベルガー。フランツ様の生家であるバルシュミーデ公爵家が治めるバルシュミーデ公国に属する侯爵家、エルツベルガー家の長女であり、フランツ様の婚約者候補、そして冒険者仲間よ」
フランツとの繋がりを強調するカタリーナに、マリーアが苦笑を浮かべつつ続けて自己紹介をした。
「わたしは二人と違って普通の平民よ。安心して」
「そうなのか……」
「良かったぜ」
マリーアが平民という事実は、フランツたちの身分を知った者たちにとって安心材料となるらしい。
実際は竜族というマリーアこそ衝撃を受ける隠し玉を持っているのだが、それは基本的に隠しているのでマリーアはただの平民だ。表面上だけは。
「私たちの身分を明かしていなくてすまなかった」
「いや、逆に明かしてくれなくて良かったというか、知ってたら最初から依頼なんて頼めなかったと思うし……」
「そうか。では明かさなくて良かったな。それで話を戻すが、ハイディへの紹介はどうする?」
改めて問いかけたフランツに、グレータは居住まいを正した。真剣な表情でフランツをまっすぐと見つめ、はっきりと告げる。
「ぜひ紹介してほしい! 頼む!」
そう言ってからガバッと頭を下げたグレータに、フランツは口角を上げた。
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