第108話 野営

 土壁があって後ろを見張る必要がないという立地に加え、ちょうど周辺の木々があまり生い茂っていなく、見晴らしも悪くない。

 そんな最適な場所を見つけ、フランツは皆を振り返った。


「ここで野営としよう」


 その提案に反対意見は出ず、全員が各々荷物を下ろしたり腰掛けられる場所を探したりと、休息を始める。


 そんな中でフランツは、さっそく近くの太い枝を切り落として簡易的な椅子やテーブルを作り、土魔法で調理場所も作り上げた。

 乾燥した枝や草を見つけ出し、すばやく火をおこす。


「随分と手際がいいな」


 近くの石に腰掛けて休んでいたグレータが、感心の面持ちを浮かべていた。フランツは戦闘能力を褒められた時よりも嬉しく、頬を緩める。


「ありがとう。野営の技術は最近習得したのだ。冒険者には必要な能力だからな」


 フランツはイーゴとカイの二人に熱心に話を聞き、盗賊に乗っ取られていたあの村からトーレルの街までの道中で、完璧に技術を習得したのだ。


 もう荷物が何もなくても、自然にあるものだけで快適な野営を行えるし、誰の助けを借りずとも一人で準備ができる。


(より素晴らしい冒険者となるために、もっと早く習得するべきだったな。やはり私にはまだまだ足りない部分が多い。イーゴとカイには感謝しなければ)


 そんなことを考えながらも、フランツの準備は着々と進んでいく。


「フランツ様、何かお手伝いできることはありますか」


 カタリーナの声掛けに、フランツは顔を上げた。


「そうだな……では共に夕食を作ろう。マリーアは疲れているだろうからな」

「かしこまりました」

「マリーアは休んでいてくれ」


 荷物を全て地面に置いたマリーアは、フランツの声掛けに素直に頷く。


「ありがとう、休ませてもらうわね。周囲の警戒はどうするの?」

「私が警戒しておくので問題ない」


 警戒するべき方向が狭いこの場所ならば、料理をしながらでもフランツなら問題なく危険を察知できる。


「分かったわ。じゃあ、よろしくね」

「ああ、任せておけ。グレータとルッツも休んでくれて構わない」

「ありがたくそうさせてもらうよ」

「ありがとな。助かるぜ」


 そうして三人が休んでいる間に、フランツとカタリーナの二人で料理をすることになった。


「カタリーナ、道中で採取できたハーブを使ってホーンデットブルの肉を焼こうと思う。ハーブを細かく刻んでくれるか?」

「もちろんです。どのハーブを使うのですか?」

「そうだな……全て混ぜたら美味しくなるだろう」

「分かりました。頑張りますわ」


 フランツとの料理が楽しいのか、カタリーナは口元を緩ませている。フランツも野営での料理という冒険者らしい時間に心が浮き立ち、自然な笑顔だ。


 二人とも高位貴族家の生まれであるため、もちろん料理は得意ではないが、肉を焼くだけというシンプルな料理のため問題なく調理は進む。


「自分で自分の食べるものを作るというのは、とても良いことですわ」

「そうだな。全員が体験するべきことだと思う」

「私もそう思います」

 

 貴族家出身でなければ出てこないような会話だが、疲れているグレータとルッツは軽く流してくれたようだ。


「そうでした、フランツ様。今度おすすめの冒険小説を教えてくださいませんか? 私は数冊しか読んだことがないので、この街にいる間にいくつか読んでみたいのです」


 カタリーナの言葉に、フランツは一気に顔を明るくして口角を上げた。


「もちろんだ。カタリーナはどの小説を読んだことがあるのだ?」

「確かタイトルは――」


 それから二人は冒険小説の話で盛り上がりつつ、夕食作りを進めていった。盛り上がっている二人の話にたまにルッツが参加しつつ、グレータとマリーアは見守る姿勢だ。


 数十分が経過して、やっと串に刺した肉が綺麗に焼き上がった。イーゴとカイ直伝の焼き方で、ちょうど固くならない程度の良い焼き具合だ。


「問題なく焼けたようだ。皆で食べよう」


 空腹を刺激する匂いと共にフランツがそう告げ、全員がすぐ火の周りに集まった。


「いい匂いだな」

「もう腹ペコだぜ」

「早く食べましょ」

「ああ、一人二本焼いたのでたくさん食べてくれ。もし足りなければ追加で焼こう」


 串焼き肉を受け取った皆は、ごくりと喉を鳴らす。さっそく一番上に刺してある肉にかぶりつくと……歯応えはあるが歯切れの良い肉が、口の中で肉汁を溢れさせた。


「え、何これ。美味しい」


 マリーアが驚いたように瞳を見開き、カタリーナも口元に手を当てながら驚きを露わにする。


「ホーンデットブルとは、こんなにもお肉が美味しいのですね」

「本当だな。驚いた」


 フランツも予想以上の美味しさに驚いていた。ホーンデットブルの肉は食べたことがあるのだが、その時には特筆する点のない普通の肉だったのだ。


「この山にいるホーンデットブルが美味しいのか?」


 フランツの疑問にグレータが答えた。


「いや、違うと思う。あたしも初めてこんなに美味しい肉を食べたよ」

「もしかしてホーンデットブルって、新鮮だとここまで美味しいんですかね」


 ルッツのその予想に、皆が頷く。


「そうかもしれないな。ここまで味が変わるとは驚きだ」

「これは狩ってすぐに食べたくなるわね」

「この美味しさを維持できる方法を見つけましたら、皆さんに喜ばれますわ」


 カタリーナの言葉にフランツは保存方法を考えてみた。他の肉に使われている保存方法など、素材を劣化させない方法はいくつも存在している。


 いつか時間がある時に試してみよう。今後のやりたいこととして脳内にメモをして、フランツはまた肉にかぶりついた。

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