第107話 ホーンデットブル

 今回の一番の目的である巨大な牛型である黒い魔物、ホーンデットブルを、フランツたちはついに発見した。


「やっと姿を見せたな」


 積極的に見つけていたが発見できず、満を持して姿を見ることができたホーンデットブルに、フランツの口角が上がる。

 ホーンデットブルは群れのようで、全部で十体以上はいた。


「必要な素材は尻尾と皮だったな」

「ああ、特に尻尾は一切傷つけずに採取したい。本当に優秀な素材なんだ。また皮もできれば傷が少ないとありがたい。頭や足の皮まで全部使えるからな」

「分かった。皮への傷もできる限り気を付けよう。そうだな……マリーアとカタリーナ。ここは私が適任なので、一人で戦っても構わないか?」


 その問いかけに、二人はすぐに頷く。


「いいわよ。わたしは荷物の管理に意識を向けてるから、素材を傷つけないような繊細な攻撃は難しいもの」

「私も問題ありません。ナックルではどうしても広範囲に傷が増えてしまうので、フランツ様にお任せいたします。代わりにお二人の護衛は、私が責任を持って行います」


 二人の返答を聞いたフランツは「ありがとう」と伝えながら、ホーンデットブルの動きに意識を向けた。ホーンデットブルは土魔法での攻撃と、突進をしてくる魔物だ。


 傷を極力少なくするため、ホーンデットブルが突進によって木に激突したり、バランスを崩して地面を滑るように倒れたりと、魔物との戦闘では当たり前に起こる事象も防ごうと考える。


(倒すのは眼球を狙うのが一番だろう。そこから脳を突けば、外側に一切の傷を付けることなく倒せる。ただそうなると、剣は少し長すぎるな。突き抜けてしまっては、皮に穴が空く。ここは魔法……それも氷槍で対応しよう。氷なら溶けて蒸発すれば、素材を汚さずに済む)


 そう考えたフランツは、丸腰のまま地面を蹴った。するとその瞬間、フランツたちを警戒していたホーンデットブルのうち三体が、一斉に突進を始める。


 フランツはそのうちの左にいる個体へと駆け寄り、他の二体を傷つけずに止めるため、大量の水を作り出した。


 水の中にザブンッと飛び込んだホーンデットブルが水中で足止めを喰らう中、左の個体と正面からぶつかる寸前で風魔法を補助にしながら宙返りをするように飛んだフランツは、ホーンデットブルの耳を掴む。


 一瞬だけ空中で体勢を安定させ、耳を掴んだのとは逆の手でホーンデットブルの片目を塞いだ。そして次の瞬間、手のひらから氷槍を作り出す。


 上から正確なホーンデットブルの頭の大きさを確認し、目に手のひらを密着させることで、万が一にも素材となる皮を傷つけないようにしたのだ。


(上手くいったな)


 作戦成功に口角を上げたフランツは耳から手を離し、ホーンデットブルを基点に半回転するような形で地面に着地した。


 さらに着地した瞬間、先ほど大量に作り出した水を操って、地面に倒れかけているホーンデットブルを支える。傷つかないよう上手く地面に横たわらせたら、次の魔物だ。



 それから数分間、フランツは軽やかに戦い続けた。まるでフランツだけには重力がないような、そんな錯覚をするほどの動きだ。

 グレータとルッツだけでなく、マリーアとカタリーナも呆れと尊敬の眼差しでフランツを静かに見つめている。


 四人が見守る中、フランツは十体以上のホーンデットブルを、本当に一切の傷を付けることなく討伐し終えた。やり切ったフランツは、達成感で頬を緩ませる。


「終わったな。傷を付けずにというのは案外難しい。これは新人の鍛錬に良いかもしれないな」


 フランツは騎士団に入団したての新人騎士を思い浮かべ、訓練内容を考えた。


 弱い魔物を傷つけずに狩るような訓練ならば、場所を選ばずにどこでもできるし、万が一にも重大な怪我を負う可能性は少ない。


 しかし傷つけずにという縛りがあることで、魔物と戦う経験値になるし、何よりも急所を狙う技術が身につく。


(今度何かの報告を送る時にでも、イザークに提案してみるか)

 

 そう考えたところで、グレータとルッツがフランツの下に飛び込んできた。もう二人はフランツの凄さには慣れたのか、ひたすら感謝だけをする。


「フランツ、本当に素晴らしい腕前だ。君と出会えて良かった!」

「フランツ凄すぎるぞ! 依頼を受けてくれてありがとな!」


 二人はそれだけを伝えると、さっそく解体に向かった。せっかくの無傷な素材だ。絶対に解体の過程で傷つけないようにと、グレータとルッツは真剣な表情だ。


 それからはフランツも解体を手伝い、マリーアは荷物持ち兼周囲の監視、そしてカタリーナは近づいてきた魔物の討伐と役割分担をし、解体は素早く終わった。


 もう日が暮れ始める時間が近づいており、荷物もかなり増えたので、そろそろ今夜の野営場所を探すことにする。


「この場所は少し見晴らしが悪いので、できればもう少し見張りがしやすい場所で野営をしよう。岩壁や大木などがあると良いのだが」


 そう告げながら先頭を歩くフランツに、グレータが「そういえば」と声をかけた。


「打ち合わせの時に素材採取の時間をたくさん取りたいからって、野営を二泊にする提案をしたと思うが、あれは無しにしてもらってもいいだろうか。正直一日でこんなに採取できるなんて考えてなかったんだ」

「確かに……信じられない量ですね」


 ルッツはマリーアが浮かべる荷物を見上げて、しみじみと同意する。


「ああ、本当に信じられない。これだけあればもう素材は十分だから、明日の午前中に帰ってもいいぐらいだと思っている。フランツたちはそれで問題ないか?」


 グレータの問いかけに、フランツはマリーアとカタリーナに視線を向けた。


「私は何も問題ないと思うのだが、二人はどうだ?」


 その問いかけに、まずはマリーアが少し疲れた様子で告げる。


「わたしは早く帰ることを提案したいぐらいの気持ちだから、何の問題もないわね。ないどころか早く帰りましょ。さすがに荷物が多すぎるわよ」


 風魔法で物を浮かすのは、数が増えれば増えるほど、その形状が複雑でそれぞれに違いがあるほど、維持するのが大変で疲れるのだ。


 マリーアは簡単そうにやっているが、正直フランツでも全てを浮かべて運ぶのは難しいと思うほどの状況だった。


「確かにそうだな。明日の早い時間に帰ることにするか。カタリーナも問題はないか?」

「はい。もちろん問題ありません。私は野営があまり好きではありませんし……」


 カタリーナは野営もできるお嬢様だが、積極的に野営をしたいタイプではない。避けられるなら避けて、お風呂に入って全身のケアをして、心地よいベッドで寝たいと思っている。


「分かった。ではグレータとルッツ、明日は採取をせずにまっすぐ首都トーレルまで戻るので構わないか?」

「ああ、あたしたちはそれでいい」

「問題ないぜ」


 そうして明日の予定が決まったところで、フランツは野営にちょうど良さそうな場所を見つけた。

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