第106話 希少な魔物素材

 フランツたちによって倒されたブルーフロッグを検分していたルッツとグレータは、瞳を見開いて驚きを露わにした。


「グレータさん、背中の皮に傷がほとんどないです。お腹側もないので、ぐるっと一周皮を剥ぐべきですね」

「これは相当な大きさが取れるな。まずは手足を切り落とせ。そして普通なら傷がある場所から切って皮を剥ぐが、これは傷がないからな……仕方ない、横腹にナイフを入れよう」


 ブルーフロッグで一番使える素材は背中を覆う皮だが、腹側も皮の性能が少し劣る程度で有用だ。

 背中側の皮であれば、上手く処理をすると水を完全に弾くし、かなり劣化に強い素材になる。


「俺が皮を剥ぎますから、グレータさんはこの場でできる劣化防止処理をしてください。せっかくですから、このまま持ち帰るのは勿体ないです」

「確かにそうか。じゃあルッツ、皮を剥ぐのは任せたぞ。綺麗にな」

「もちろんですよ。最近は俺の技術も上がってるんですから」


 そうして二人の役割が決まったところで、何かを探すように視線を彷徨わせたグレータに対して、フランツが声をかけた。


「グレータ、水が貯められる場所と綺麗な水が必要ということで合っているか?」


 その問いかけに、グレータは瞳を見開く。


「なんで分かるんだ? もしかして、ブルーフロッグの素材処理方法も知ってるのか?」

「ああ、昔友人に教えられた」

「凄いな……」


 グレータは信じられない様子でフランツを見つめ続けると、もうフランツはそういうものだと理解したのか、頷きながらフランツの下にやってきた。


「両手を広げたぐらいの大きさの桶と、水魔法の水があるのが一番いい。ただ土を掘った穴でも問題ないし、水は一応あたしも魔法で作り出せる。あたしだとこの量の素材処理をするには、足りないかもしれないが……」

「分かった。では全てこちらで準備しよう。マリーア、カタリーナ、周囲への警戒を頼んでも良いか?」

「もちろんですわ」

「いいわよ」


 二人の了承を得たところで、フランツは少し場所を移動してまず土魔法を発動させた。それによって地面の土が変化し、ちょうど両手を広げたぐらいの器が完成する。


 水に不純物が混じらないよう、器の内側は石にしてある作りだ。そしてそんな器の中に水魔法で水を作り出した。


「これで良いか?」

「ああ、完璧だ。ありがとう」


 グレータはニッと口角を持ち上げると、さっそくルッツが剥いだ一枚の大きな皮を手にして器の場所まで戻り、その皮を水に浸けた。


 数十秒ほど放置してからグレータが皮を揉み込むように動かすと、皮に薄い半透明の膜が浮かび上がってくる。この膜を綺麗に剥ぎ取れると、皮の撥水性が高まり劣化に強くなるのだ。


「よしっ、このぐらいだな」


 グレータはそう呟くと、水の中から皮を持ち上げた。両手で皮を広げて軽く水気を落とすと、腰に差してあった短剣をシャラっと抜く。


 皮の一片だけを左手で持ち、右手で繊細に、しかし大胆に短剣を動かした。すると皮には一切傷が付かず、半透明の薄い膜だけが綺麗に剥ぎ取られていく。


 その手際に、フランツは思わず瞳を見開いてしまった。


「凄い技術だな」

「素材の処理と魔道具作製、研究だけがあたしの取り柄だからね」


 ニッと口角を上げたグレータに、フランツは現状をもどかしく思う。


(これほどの才能を持つ魔道具師が十分にその力を発揮できない現状は、やはり改善するべきだ。さらに権力などで潰されないよう、後ろ盾もあるとなお良いのだが……)


 フランツがそんなことを考えているうちに、グレータの素材処理は着々と進んでいった。そしてしばらくして、ブルーフロッグは全て素材となる。


 地面に敷かれた綺麗な布の上に積み上がる皮は、かなりの量だ。その皮を布で包み込んで、グレータがなんとか持ち上げようとしたところで……フランツが声をかけた。


「待ってくれ。それは私たちが運ぼう。風魔法を使えばほとんど重さを感じずに運べるのだ」


 風魔法を使った運搬については説明していなかったため、グレータとルッツは首を傾げる。


「どういうことだ?」

「風魔法って物を運ぶのに使えるのか?」


 そんな二人の疑問は実際に見て解消してもらった方が早いと思い、フランツはたくさんの皮が包まれた布に手を伸ばした。


 そして一点を手で掴み、風魔法を使って宙に浮かべる。


「こんな感じだ。持ち上げたい対象物の支点を割り出し、そこに真下から風魔法を発動させれば浮かぶ」


 フランツの説明を聞きながら呆然と宙に浮かぶ布を見つめていた二人は、少しして一斉に叫んだ。


「普通はこんなことできないぞ!?」

「フランツってヤバすぎるぜ……!」


 二人の叫びを聞いて、フランツは首を横に振った。


「いや、これはマリーアの方が凄いのだ。マリーアは私が支えているこの腕も要らず、風魔法の微調整だけで完全に物を浮かべられる」


 そんな説明をしながらフランツがマリーアに視線を向けたところで、周囲の警戒をしていたマリーアは苦笑しつつ三人の下に向かった。


「一応、これだけはフランツに勝てるのよ」


 これだけは、を強調したマリーアはフランツに告げる。


「わたしが荷物を持つわね。フランツが片手を使えなくなるのは危険でしょ?」

「そうだな……ではお願いしよう。マリーアならば荷物を持っても両手が空くからな」


 そうしてマリーアが荷物を持つことに決まったところで、話に置いていかれていたグレータとルッツがポツリと呟いた。


「ルッツ、改めて実感したが、あたしたちは凄い護衛を連れてるな」

「ですね……俺、凄い人たちに依頼を頼んだみたいです」


 顔を見合わせた二人は頷き合って、もう驚くことはやめたのか元気を取り戻した。


「よしっ、気を取り直して続けて採取をするぞ」

「そうですね! こうなったら遠慮なくたくさん採取しましょう」


 それからのフランツたちは、次々と目的の素材を採取していった。目的の素材以外にも、珍しい素材や手に入りにくい素材があったら、端から採取だ。


 マリーアが浮かべる荷物の数が増えていき、二人が背負うリュックの中身も増えていき、そろそろ休憩しようか。そんな雰囲気が流れていた時、ついに一番の目的である魔物を発見した。

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