第102話 採取の打ち合わせ

 妙な方向へと逸れた話を戻すように、ルッツが声を張った。


「話を戻しますけど、フランツたちは俺たちの護衛についても了承してくれてます」

「それはありがたいな」


 ルッツの言葉に口角を上げたグレータは、フランツたちに椅子を勧めると、自身も机の短辺に椅子を運んで腰掛けた。ルッツはそんなグレータの向かいだ。


「三人は強そうだから心配いらないだろうが、一応聞かせてくれ。あたしとルッツに戦闘能力はほとんどないが、それでも問題ないか?」


 その問いかけには、フランツがすぐに頷く。


「もちろん問題ない。私たちはBランクであるし、私が剣術と魔法を併用した戦い方、マリーアが風魔法を使った遠距離型、そしてカタリーナが拳で戦う近接型とタイプが分かれているため、どんな魔物が来ても対応可能だ」


 その説明を聞いたグレータは少し瞳を見開き、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「Bランクとは驚いた。それなら安心だね。私とルッツのことを頼んだよ」

「もちろんだ。必ず守るので、安心して素材採取をして欲しい。採取にはいつ向かうのか決まっているか?」

「特に決めてはないけど、できれば早いほうがいい。あたしたちは明日でもいけるな。三人はどうだ?」


 明日とはかなり急な日程だが、冒険者は翌日の依頼を受けることなど日常茶飯事だ。

 まだこの街に来たばかりで予定のないフランツたちにとっては断る理由もなく、三人で顔を見合わせて頷き合ってから、フランツが答えた。


「こちらも問題ない。では採取に向かうのは明日ということにしよう。時間は早朝で良いか?」

「もちろんだ。日が昇る頃に」

「了解した。ルッツから採取対象の一つはホーンデットブル、そして日帰りは無理なので一泊は野営でと聞いているが、こちらも問題ないか?」


 その問いかけにグレータは少しだけ悩む様子を見せると、ずいっと身を乗り出す。


「本当はそのつもりだったけど、もしフランツたちが嫌じゃなければ二泊にしてもいいか? 山奥に二泊は危険だと思って短くしておいたが、もしフランツたちが問題ないと判断するなら長めに採取時間を取りたい。山奥は結構遠いし、一泊だと採取できるのは半日ぐらいだろう?」


 グレータが二泊を求めるのは普通の感覚だ。野生の魔物や素材を相手にする素材採取は思うように進まないことが多く、また魔物討伐一つとってもかなりの時間がかかるので、半日では碌に採取が進まない可能性があるのだ。


 しかしそこはフランツである。魔物討伐など一瞬であるし、魔物を探し出すのも近くにいれば気配を探ることが可能だ。

 さらに普通ならば周囲を警戒しながら進む山の中を、フランツほどの実力があると最低限の警戒――それでも常人よりも優れた危険察知能力、で進むことが可能となる。


 つまり一般的に日帰りは不可能な場所であっても日帰りが可能であるし、採取時間が長すぎると、素材を持ちきれないほど手に入れることになってしまうのだ。


「半日もあれば十分だと思うのだが……私たちとしては二泊でも構わない。マリーアとカタリーナも良いか?」

「そうね、別にいいわよ。ただ最初から二泊の予定じゃなくて、延長の可能性ありとしておくのはどう? もし二泊になったら、その時に追加報酬をもらう形でいいわ」

「私もそれで異論はないですわ」


 マリーアは、フランツがいれば一泊で十分だと思ったのだろう。グレータたちが損をしない提案をして、カタリーナもすぐに賛同した。


 グレータはそんな三人に首を傾げているが、ありがたい提案だからか、結局は受け入れる。


「……こちらとしてはありがたいので、三人がいいならその形で頼みたい」

「分かった、ではそのようにしよう。あとは……そうだ、素材採取に関する道具はグレータたちが準備をするのか?」


 フランツが問いかけると、グレータは工房の壁に取り付けられた棚を指差した。


「ああ、その辺は任せてくれ。あの棚に全部あるから、あたしたちが持っていく。せっかく山奥に行けるんだから、いろいろと準備していかなきゃな」


 そう言って棚に置かれた道具を見つめるグレータは、ニヤニヤと楽しそうだ。素材採取が楽しみで仕方ないという様子が、容易に伝わってくる。


 そんなグレータが、ハッと何かに気づいたようにフランツたちに向き直った。


「採取を考えてる魔物や素材に関して、詳細を伝えたほうがいいか? ホーンデットブル以外にも欲しいものがたくさんあるんだ」

「そうだな。教えてもらえると助かる」

「分かった。じゃあまずは――」


 それからのグレータは、久しぶりに素材を自由に手に入れられる機会だからか、両手では収まりきらない数の素材について語った。


 全て聞いたフランツはその量の多さに驚きながらも、知っている魔物や素材がほとんどだったため、すぐに採取するべき順番などを脳内に思い浮かべる。


(悪くなりやすいものは後半に採取し、先に保存が効くものだな。鉱石系などは重いので後回しにするのが定石だが、私たちは風魔法で運搬するので問題はない)


 一つの大きな問題点は、山中の地形をフランツが把握していないことであった。そのためフランツは、今日中に大まかな地形が分かる物を手に入れておこうと、内心でやるべきことをリスト化していく。


 フランツがそんなふうに考えている間に、マリーアが不思議そうに首を傾げて問いかけた。


「今の素材、全てが手に入らないの?」


 その問いかけには、グレータがすぐ首を横に振る。


「いや、そういうわけじゃない。ただせっかく直に採取できる機会なんだし、色々と採りたいだろう? やっぱり、あたしが採取したほうが素材の質もいいしな」

「そういうものなのね」

「グレータさんは魔道具作製も凄いけど、素材の処理も一流なんだ。見たら驚くぜ」


 自慢げなルッツの表情を見て、グレータは笑顔でルッツの頭を撫でる。その手つきはかなり激しく、ルッツが必死に頭を押さえながら抗議した。


「グレータさん! 子供扱いはやめてくださいっ」

「あたしの腕が分かってる弟子を褒めてるだけだ。ルッツも早く一人前にならないとな」

「もちろんです。すぐにグレータさんより凄い魔道具師になりますからね」

「ははっ、楽しみだな」


 それからも明日についての細かい打ち合わせを続け、日が傾き始めた頃に、フランツたちはグレータの工房を後にした。

 ルッツの案内で宿を取って明日に向けて必要なものを購入し、夜は早めに眠りにつく。


 そして次の日の朝、日が昇る頃に起床したフランツが窓から外を覗くと、そこには雲一つない快晴が広がっていた。

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