第101話 工房長グレータ

 グレータの挨拶に三人は椅子から立ち上がると、まずはフランツがにこやかに手を差し出した。


「いや、私たちも突然来てしまったからな。今回はよろしく頼む。フランツだ」


 そんなフランツに、グレータはカラッとした笑みを浮かべる。


「あたしはグレータだ。この工房を運営してる。そっちの二人も依頼を受けてくれた冒険者だよな? よろしく頼む」

「あっ、ええ、よろしくね。わたしはマリーアよ」

「わ、私はカタリーナと言うわ」


 二人は全く視線を向けなかったフランツと違って、グレータの大きな胸をチラチラと見ていたが、声を掛けられてハッと我に返ったように挨拶をした。


 二人もグレータと握手を交わしたところで、突然グレータがぐいっと二人に詰め寄る。


「そんなに胸が気になるなら触ってみるか?」


 突然のその提案に、マリーアとカタリーナは慌てるだけで何も言葉を発せなかった。そんな二人を見て、グレータは楽しそうに笑う。


「ははっ、二人とも可愛いな!」


 そう言って二人まとめてギュッと抱きしめたところで、カタリーナが小さく呟いた。


「大きい……」


 マリーアは顔を赤くしつつも、その柔らかい感触に興味深げな様子だ。


 そんな二人とグレータを見て、ルッツが呆れ半分怒り半分な表情で声を掛けた。


「グレータさん、そういうおふざけはダメって言ってるでしょ!?」

「たまにはいいだろう? もうルッツも顔を赤くしてくれなくて、つまらないんだ」

「そりゃあ、今より小さな頃から無駄に胸を押し付けられたり見せられてたら、何というか……飽きるんですよ! 俺はもっとお淑やかで控えめで、羞恥心を持ってる女性が好きです!」


 ルッツが心から叫んだのだろう言葉に、グレータは理解できないというように両手を顔の横で上向ける。


「ルッツは特殊だな」

「特殊なのはグレータさんです! もう、グレータさんは魔道具に関しては本当に天才なのに、なんでこう残念なんですか……」


 ため息を吐きながら呟いたルッツに、グレータはニッと口端を持ち上げた。


「なんだかんだルッツはあたしを認めてくれてるんだよな。可愛いやつめ」


 ルッツの頭をガシガシと撫で始めたグレータに、ルッツは必死で逃げようと体に力を入れる。そして最後の手段とばかりに叫んだ。


「俺じゃなくて、フランツにしたらどうですか……!?」


 工房に来た初対面の男を真っ赤にさせているグレータをよく見ていたルッツは、当たり前のようにフランツに意識を向けさせようとしたのだろう。


 しかしグレータはチラッとフランツを見ると、すぐに首を横に振った。


「フランツはあたしになんて興味を持たないだろ」

「なんでそう言い切れるんですか……?」

「最初の挨拶と、容姿に雰囲気で分かるな。多分フランツは、あたしなんかよりいい女を選び放題だろう。要するにあたしに対してだけは、ルッツと似たような状況ってことだ」


 そんな会話に全員から視線を向けられたフランツは、苦笑しながらグレータの言葉を肯定する。


「そうだな……しかし女性は嫌いではない。そしてグレータの容姿は魅力的であると思う」


 何の欲も感じさせない表情で告げたフランツに、グレータは自分の予想が当たっていたからか満足げに頷き、マリーアは苦笑を浮かべ、カタリーナは真剣に考え込み、そしてルッツは――瞳を輝かせた。


「フランツ、カッコいいな!」

「そうだろうか」


 正直なところフランツにとっては、なぜそこまで周囲の男たちが女性に執着するのか、その方が分からないのだ。幼少期から望めばどんな女性も手に入った弊害と言える。


 だからこそ恋愛感情をいまだに知らないし、結婚相手に関しても完全に父親に任せていた。


「あのっ」


 フランツとルッツが話をしていると、意を決した様子でカタリーナが口を開いた。


「どうしたんだ?」

「フランツ様は、その、グレータのような容姿の方が、魅力的だと思いますか……?」


 無意識なのだろう、自分の胸を見下ろすように視線を下げたカタリーナは、緊張しているのか拳を握りしめている。


 そんなカタリーナの様子に事情を察したのかグレータがニヤニヤと笑っていると、フランツが真面目に答えた。


「私はどのような容姿でも、本人に自信があれば魅力的だと思う。したがって内面の問題だな。しかしもう少し切り込むと、例えばカタリーナのように拳で戦うタイプであれば、胸は小さめの方が良いのではないだろうか。やはり少しでも体が軽いと動きやすいからな。そして腰回りや太ももががっしりしていると、より拳に力が乗るだろう。逆にマリーアのように後衛として魔法を使うのならば、身長の高さが有利かもしれない。やはり高い方が視界が広くなるからな」


 フランツの話はだんだんと逸れていき、そのうちに戦闘スタイルによる適した体型の話に変わる。

 それにグレータは吹き出し、マリーアは呆れた表情を浮かべ、カタリーナは珍しくぽかんと口を開いた。


「……カタリーナ、相手がフランツなら体型は問題なさそうよ」


 マリーアがカタリーナの耳元で告げた言葉は、フランツも含めた他の皆には聞こえない。


 そうして何だかカオスな話が一区切りついたところで、ルッツが話を本筋に戻すように声を張った。

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