第97話 冒険者ギルドへ
ルッツがガッツポーズして喜んでいるところに、ちょうどステーキが運ばれてきたので、まずは腹ごしらえをすることになった。
スパイス漬けの肉を焼くというこの街の名物であるステーキからは、肉が焼かれる匂いと共に、ガツンとくるスパイスの香りも漂ってくる。
「あら、美味しそうじゃない」
「とても良い匂いだわ」
「これは確かに複雑な香りだ」
「だろ? 早く食べようぜ!」
無造作に置かれたナイフとフォークを手に取り、各々の一口サイズに切り分け、肉を口に運んだ。
ルッツは口に入りきらないほどの大きさで、マリーアは一般的なサイズ、フランツとカタリーナの二人は貴族的な作法が抜けないので、小さな一口だ。
「う〜ん、美味っ!」
頬をいっぱいにしながら満面の笑みを浮かべるルッツに、フランツたちも頷いた。
「本当だな。とても良い味だ」
「美味しいわ。お肉の質はそこまで上等ではないのに、スパイスに漬け込むことによって柔らかくなっているのかしら」
フランツとカタリーナの感想と上品な食べ方を見て、ルッツは首を傾げた。
「なんか二人は、冒険者らしくないな?」
「そうか? ……どうすれば、冒険者らしくなるのだろうか」
真面目に問いかけたフランツに、ルッツは切り分けていない大きな肉にフォークをブッ刺した。そして思いっきり噛みつくと、歯と顎の力で噛み切る。
「こういう感じじゃないか? まあ人によるだろうけど」
「そうか、やってみよう」
フランツの中では冒険者らしい冒険者生活を送ってきたつもりだったが、食べ方にはあまり拘っていなかったことに気づき、さっそく試してみることにした。
今まで学んできた作法にあまりにも反する食べ方に罪悪感が抱くが、フォークを刺して肉にかぶりつき……噛みきれずに止まる。
「これは、意外と難しいな」
「こう、豪快さが足りないんじゃないか? ぐいっと思いっきりいかないとな」
「こうか?」
「おおっ、それそれ。そんな感じだと思うぜ。口の周りを汚すのなんて気にせずに、とにかく豪快にだ」
それから冒険者らしい食べ方? をマスターしたフランツだったが、カタリーナとマリーアはもちろんのこと、ルッツにも微妙な表情を向けられてしまった。
「なんか違うな……うん、フランツは最初みたいなのがいいと思う。冒険者って言ってもいろんな人がいるしな」
姿勢やカトラリーの扱い方などは上品なのに、食べ方だけは変に豪快というフランツの努力の結果は、受け入れられなかったようだ。
フランツも何かが違うと思っていたので、ルッツの言葉に頷き、無理にワイルドさは求めないことにする。
(やはり冒険者らしさというのは難しいものだな)
「とりあえず、普通に食べよう」
「それが良いですわ」
「うん、フランツは変なことしない方がいいわよ」
そうして昼食を終えたフランツたちは、腹が満たされ大満足で店を出た。そして次に向かうは、冒険者ギルドだ。
「ギルドはこっちにあるんだ。ちょっと歩くぜ」
ルッツを先頭にしてギルドに向かいながら、フランツたちは依頼内容について話をすることにする。
「それで、どんな素材を求めているんだ?」
「そうだった、その話をしなきゃな。絶対に欲しい素材はホーンデットブルって魔物の尻尾と皮なんだ。知ってるか?」
ホーンデットブルとは、まるで何かに取り付かれたかのように巣穴を掘り続ける様子から、その名が付けられた魔物だ。柔らかい土壁を掘って巣を作り、そこで子供を育てる。
またかなり大きな体躯を持つ牛型の魔物であるため、その巨体を生かした突進が脅威だ。さらに土魔法も高度に扱える。
「知っている。確か帝国内では、主にこの辺りにしか生息していない魔物だな。他の場所ではまばらな目撃例がある程度で、大きな群れは確認されていない」
「そうなんだ。フランツよく知ってるな。そういう事情で他の場所から素材を持ってくることもできなくて、かなり困ってるんだ」
「その素材は絶対に必要なものなの?」
マリーアの問いかけに、ルッツは前のめりで頷いた。
「当然だろ! ホーンデットブルの素材は凄いんだ。特に尻尾なんて、信じられないほどの伸縮性と耐久性を兼ね備えてるんだぜ。皮も尻尾よりは劣るけど、めっちゃ使える。もうどんな魔道具を研究するにしたって、ホーンデットブルは必須なんだ」
魔道具師の間でホーンデットブルは、一種の信仰対象のようになっていて、中にはホーンデットブルのツノをお守りとして常に持ち歩く人や、工房に飾る人までいるのだ。
それほどにその素材は、魔道具において重要な役割を果たしていた。
似たような素材がいくつか見つかってはいるが、ホーンデットブルほどの性能を持つものはなく、未だその地位は揺らいでいない。
ルッツの力説を聞いたカタリーナが、僅かに眉間に皺を寄せた。
「凄い素材だってことは分かったわ。でもそんなに有用な素材ならば、討伐制限のようなものはないの? それともルプタント商会は、決まりを破っているのかしら」
最もな疑問に、ルッツは悔しそうに下唇を噛んだ。
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