第96話 昼食と頼み

 食堂の扉からはカランカランッという鐘の音が響き、フランツたちが足を踏み入れると、店の中から元気な声が響いた。


「いらっしゃいませー!」


 声の主はフランツたちより少し年上に見える女性で、両手に料理を抱えている。


「四人なんだけど空いてる?」

「空いてますよー、奥のテーブルどうぞ!」

「はーい」


 指定されたテーブルに皆で向かうと、席に着いたところでさっきの女性がやってきた。他の席はほとんど埋まっていて、人気の食堂であることがすぐに分かる。


「お昼のメニューはステーキかシチューの二択なんですけど、どうしますか?」

「全員ステーキでいいか?」


 ルッツの問いかけに三人が頷き、四人前のステーキを注文した。


「ステーキ四人前ですね。ちょっと待っててください」


 店員の女性が厨房と繋がっているカウンターに向かったのを見送り、ルッツが三人に向けて興味深げな視線を向けた。


「それで、三人は冒険者なのか? 格好がそんな感じだけど」

「ああ、三人で活動している。この街にはさっき護衛依頼で着いたばかりなんだ」

「へぇ〜この街に来たのは良かったと思うぜ。冒険者の仕事は色々あるからな。他の街ではあんまり稼げないやつでも、結構稼げるとか聞くし」


 ここトーレルは魔道具研究の最先端とあって、その素材採取や魔物討伐依頼が絶え間なく出されているのだ。

 もちろん素材が豊富ということは、それだけ魔物の数や種類も多いということになり危険度は高いのだが、仕事の多さにこの街を目指す冒険者も多い。


「そうなのね。それなら珍しい依頼もありそうね」

「色々あるんじゃないか? でも死なないように気をつけてくれよな。結構いるからさ、移動してきてすぐ森から帰ってこなくなった人とか」


 眉を下げて言ったルッツに、カタリーナが口を開く。


「その心配はいらないわ。私たちは強いもの」

「そうなのか? ランク高かったりするのか?」

「私たちはBランクだ」

「は!?」


 フランツが告げたランクに、ルッツはガタッと椅子から立ち上がると、大きな声を出した。こうして驚かれるほどに、Bランクというのは珍しいのだ。


 基本的には見下されがちな冒険者という仕事だが、Bランク以上だと、少し周囲からの見方が変わったりもする。


「マジか。そんなに若いのに?」

「あら、強さに若さは関係ないわ」

「すげぇな……」


 ルッツは椅子に戻ると感嘆の声を上げ、少しだけ悩む様子を見せてから真剣な表情を作った。そして三人の顔を順に見つめ、ガバッと頭を下げる。


「もし良かったら、うちの工房の依頼を受けてくれないか! 誰も受けてくれなくて、困ってるんだ」


 叫ぶように頼み込んだルッツに、三人は顔を見合わせた。そしてフランツが代表して口を開く。


「依頼内容や事情によって考えよう。詳細を教えてもらっても構わないか?」


 すぐに断られなかったからか、ルッツは瞳を輝かせて顔を上げた。


「本当か! もちろん説明するぜ!」


 それからルッツが説明したところによると、今この街にはルプタント商会という、とにかく金と力のある大きな商会が存在し、その商会が後ろ盾となっている魔道具工房がいくつかあるらしい。


 その魔道具工房が商会の力を使って、必要な素材を端から掻っ攫っていくのだそうだ。それによって他の魔道具工房は十分に素材を得られず、仕事や研究に支障をきたしている。


 そこでルッツの工房は普段なら採取に入らないような山奥に向かい、素材を確保することを考えた。しかしそのための護衛として冒険者を雇おうにも、山奥は危険度が高く受けてくれる者が現れず、仕事ができない……という状況だったそうだ。


「そのルプタント商会は、市場に出回る素材を買い占めてるってことなの?」

「ああ、しかもそれだけじゃなくてな、商会に素材採取専門の人員を雇って、近場の魔物を狩り尽くしたりしてるんだ。ほんっとうに好き放題やりやがって」


 ルッツは相当商会に対して鬱憤を溜め込んでいるのか、ギリっと歯を鳴らしながら拳を握りしめた。


「皆に嫌われてるぜ。最近になって急に、露骨にやりだしたんだよな……自分たちの工房と商会だけが利益を独占しようって考えてんだ」


 そこまで話を聞いたフランツは、依頼料などを聞くまでもなく、ルッツの助けをしようと決めていた。


(違法行為ではないのかもしれないが、周囲への迷惑を一切考えない自己中心的な行動。見過ごせないな)


 フランツがマリーアとカタリーナに視線を向けると、フランツの気持ちが分かったのだろう二人もすぐに頷く。


 それを確認してから、フランツはルッツに告げた。


「ルッツ、その依頼は私たちが請け負おう」

「本当か!?」

「ああ、あとで詳細を聞かせてもらいたい」

「もちろんだぜ! うわぁー、本当にありがたい」


 ルッツは心から嬉しそうな笑みを浮かべ、力強くガッツポーズをした。

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