第94話 二人の興奮
少し緊張しているイーゴ、カイと向き合い、フランツが口を開いた。
「では二人とも、また会おう。推薦状に期限はないが、作成日は入れてある。あまり遅くならないうちにバルシュミーデ兵士団へと向かってくれ」
その言葉に二人はしっかり頷くと、緊張の面持ちのまま慣れない様子で深く頭を下げる。
「あ、ああ。今回は……本当にありがとうございました」
「ありがとう、ございました。感謝してる」
ぎこちない動きの二人が顔を上げたところで、フランツは爽やかな笑みを見せた。
「二人ならば、我が家の兵士団で貴重な戦力となるだろう。期待している」
「貴重な……が、頑張るぜ」
「できる限り、必死にやってみる」
フランツからの期待に二人が重圧を感じている様子を見せ、マリーアが苦笑しつつ二人に近づく。そして軽く肩を叩き、笑顔で激励した。
「あまり気負わないようにね。フランツはほら、ちょっと他の貴族と違うから大丈夫よ。普通の平民であるわたしが一緒にいるんだし」
その言葉は妙な説得力があったのか、イーゴとカイは素直に頷く。しかしカタリーナがマリーアを横目に、少し呆れた様子で口を開いた。
「マリーアが普通の平民なわけがないわ。その魔法の実力だけで一握りでしょう?」
「確かに……そうだったな」
「色々あって、忘れていた」
二人がマリーアにも尊敬の眼差しを向けたところで、マリーアが少し不満げにカタリーナを振り返る。
「カタリーナ、余計なことは言わないで」
「あら、本当のことを言っているだけだわ。それよりもあなたたち、バルシュミーデ兵士団に行ったら、フランツ様のために頑張るのよ」
ニコッと綺麗な笑みを浮かべたカタリーナの圧を感じたのか、二人は何度も頷いて見せた。結局二人の重圧が増えた形だ。
しかしイーゴとカイはその重圧に勝つように、グッと拳を握りしめると口を開く。
「頑張るぜ……恩を返せるようになっ」
「俺も頑張る」
その返答にカタリーナが満足気に頷いたところで、最後にフランツが二人に声をかけた。
「また会う時を楽しみにしている」
そうしてフランツたちは、イーゴとカイの二人とも別れた。そしてトーレルの街中に向けて歩き出す。
「さっそく街中を見て回ろう。まずは昼食だな。そしてその後は、冒険者ギルドに行きたい」
「賛成よ。さっきからいい匂いが漂ってきて、お腹が鳴りそうなの」
「私もよ。美味しそうなお店を探しましょう」
新たな街に期待を抱き、三人は楽しげな表情だ。上り坂になっている大通りを進む三人の足取りは、とても軽かった。
街の雑踏に消えていくフランツたちを見送ったイーゴとカイは、静かに顔を見合わせた。そしてじわじわと興奮を露わにし、二人してほぼ同時に口を開く。
「俺たち、凄いことになったんじゃねぇか?」
「俺たちの人生、変わったな」
互いの言葉を聞いた二人は笑顔になり、一人一通受け取った推薦状を取り出した。
「なあ、これ本物だよな? 全部嘘とかないよな?」
「その可能性は限りなく低いだろう。紋章のようなものもしっかりと入っているし、何よりも紙の質が相当高い。ただ俺たちを揶揄うためだけに、こんなものを作っても意味はないだろう?」
「そうだよな……! じゃあ、マジなのか。マジで俺たち兵士団に入れるのか!?」
貧しい生まれで日々を生きていくことがやっとだった二人は、まだ少年と言って良い時代から冒険者となり、何度も命の危機に晒されながら、ここまで無事に生きてきた。
しかし将来への希望などなく、家族もいないため、死ぬまでずっと同じような辛くてつまらない人生が続く。そう思っていたのだ。
そこに降って湧いた信じられない幸運に、興奮するなという方が無理だろう。二人は思いっきりハイタッチをすると、イーゴが拳を握りしめて叫んだ。
「マジでやばいな!」
「お前、さっきからそれしか言ってないぞ」
そうイーゴを嗜めるカイの表情にも、隠しきれない嬉しさが滲んでいた。
「だってお前、兵士団だぞ!? 俺らの生まれでそんなところに入れたやつなんていねぇだろ!」
「まあ、いないだろうな」
「本当に運が良すぎるだろ……マジで感謝だな。なんかよくわかんねぇけど、とりあえず全員に感謝したい気分だぜ!」
「まずはフランツに感謝だろう? それからあの時に声をかけた、過去の俺たちにもな」
カイのその言葉に、イーゴがこれでもかと口角を持ち上げる。
「確かにそうだな! マジで良かった。あの日って確か、冒険者ギルドに行くか行かないか悩んでたよな?」
「そういえば、休日にするかって話もしてたな。ただイーゴが欲しい装備までちょっと金が足りないからって、仕事にしたんだ」
「俺のおかげじゃねぇか!」
「いや、あの三人に声をかけようと決めたのは俺だぞ?」
「そうかそうか、じゃあ俺たち二人の手柄だな」
バシバシとカイの背中を叩いて、イーゴはもう一度手の中にある推薦状を見つめた。そして大切そうに懐へと仕舞うと、満面の笑みを浮かべる。
「これからどんな生活になるんだろうな」
「分からないが、兵站部隊と言っても兵士団だ。大変なことはあるだろう」
「でも、今までより快適な生活は確実だよな? お金の余裕もできると思うか?」
「少なくとも今までのように、腐ったようなパンで飢えを凌いだりすることはないんじゃないか?」
二人は元気に仕事をできているうちは良いが、どちらかが怪我をしたりで依頼を受けられなくなると、貯金なんてできる生活ではなかったので、一気に貧困生活へと落ちていたのだ。
「特にカイには良かったな。俺は腐ったもの食べても腹壊さねぇけど、カイは腹壊して食べる前より痩せてたからな」
カイの体格が細身なのは、大変な生活が長く続いたせいだ。イーゴは生まれ持った体質が幸いし、なんでも食べて力にできたため、あまり痩せずに大きな体を維持できていた。
「ああ、そこが一番嬉しい」
「とにかく、早くバルシュミーデ公国に行こうぜ。着くまでに少しでも体力付けて、見た目も最低限は整えた方がいいな」
自分の体を見下ろしてそう言ったイーゴに、カイは難しい表情で頷く。
「確かにそうだが、そのためには依頼を受ける必要があるぞ」
「……そんなことしてたら、いつまで経っても辿り着けねぇよな」
「というか俺たちには、バルシュミーデ公国に向かうまでの路銀もない。向こうに行く都合のいい護衛依頼が、受けられたらいいが……」
「うわぁぁ、確かにそうじゃねぇか。問題山積みだな」
現実を直視して頭を抱えたイーゴは、スッと立ち上がると気持ちを切り替えて、別れ際にマリーアからもらった袋を取り出した。
「まずはこれ食おうぜ。おやつのお裾分けとか言ってたな」
「そうだな。腹を満たしてから考えるか」
そうして袋の口を開けた二人の目に飛び込んできたのは……おやつとしてよく食べられている腹持ちの良い木の実と、金色に光る硬貨が三枚だった。
三枚の金貨を見て、二人は顔を見合わせる。
「これ、間違えたんだと思うか?」
「……いや、恵んでくれたと考える方が自然だろう。わざわざこの袋に金貨を入れないだろうからな」
「そうだよな……」
金貨が三枚あれば、ここトーレルの街からバルシュミーデ公国の首都まで移動することができ、道中の食事にも心配はいらない。
現在持っているなけなしのお金と合わせれば、身綺麗にすることもできるし、今すぐにでもバルシュミーデ公国へと向かえることになった。
二人は顔を見合わせると、フランツたちが去っていった方向に視線を向け、自然と頭を下げた。
「本当に、ありがたいな」
「ああ、いつか恩を返せるように頑張ろう」
静かに決意を固めた二人は金貨三枚を握りしめ、乗合馬車が多数発着している広場に足を向けた。
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