第93話 トレンメル公国の首都へ
次の日の朝早く、フランツたちも村を出る時間となった。空には雲一つない青空が広がっていて、旅の再開には最高の天気だ。
「予想外の滞在となりましたが、今回はありがとうございました」
商隊の代表としてロータルがそう告げると、村長が首を横に振りながら答える。
「感謝を述べたいのはこちらです。今回は本当にありがとうございました。もし嫌でなければ、この村にまたお寄りください」
「はい。今回の経路をこれからも使うことになりましたら、定期的に泊まらせていただきます」
ロータルのその言葉に村長をはじめとして村の皆が感謝の面持ちを浮かべ、フランツたちは馬車に乗り込んだ。
そしてさっそく出発だ。数日の滞在で村人たちと仲良くなったフランツたちは、馬車から大きく手を振って別れを告げる。
「また会おう。今度は冒険者同士として」
「おうっ、俺ぜったい冒険者になるからな!」
「おれも!」
子供たちは村から出ていく隊列に駆け寄りながらそう叫んだ。そんな子供たちにフランツは満足そうな表情だ。
「あんたたち、無理はしちゃダメよ〜」
「また会えたら嬉しいわ」
マリーアとカタリーナの言葉にも、子供たちが笑顔で応じる。また村の大人たちからの感謝の言葉も、子供たちからの声と共にあった。
そんな盛大な見送りの中で隊列は村を出て、予定より数日遅れてトレンメル公国の首都であるトーレルへと進む。大きなトラブルに見舞われた反動か、村を出てからの道中は平和そのものだ。
ほとんど魔物にも襲われない旅路はとても順調で、フランツたちは予定していた日時よりも半日ほど早く、トーレルへと到着した。
「随分と山の近くにあるのね〜」
「実際に来たのは初めてだけれど、他の街とは随分と違う雰囲気だわ」
街に入るための審査の列に並んでいる間、フランツたちは馬車から降りて冒険者として固まっていた。マリーアとカタリーナは巨大な外壁を見上げて、興味深げな表情だ。
「フランツは来たことあるの?」
「いや、私も初めてだ。ただ情報としてどんな街かは知っている」
トレンメル公国の首都トーレルは、帝国一魔道具研究が盛んな街だ。近くには鉱山や豊かな森があり、魔道具作製に必要な素材が豊富に手に入る立地となっている。
ただ山に近い立地のためか街中でも結構な高低差があり、階段や急坂の多さが名物となるような街だった。さらに街の周囲には魔物が多く生息しているため、外壁も他の街より一際頑丈だ。
「魔道具工房や研究所が多いのですよね?」
「そうだ。冒険者ギルドへの依頼も、魔道具関連が多くあるかもしれないな」
(素材採取や魔物討伐依頼が多くあるのだろうか。それとも鉱山の手伝いだろうか。どちらにしても楽しみだ……!)
新たな街で冒険者として活動することを想像したフランツは、瞳をキラキラと輝かせた。
そうして皆がトーレルの街へと期待を膨らませていると、すぐにフランツたちの審査になる。とはいえ身分を提示できるものがあるフランツたちの審査にさほど時間は掛からず、すぐに中へと入ることができた。
ロータルたち商隊、そしてイーゴとカイと共に足を踏み入れたトーレルの街は……フランツでさえ思わず口角を上げてしまうような、わくわくとする街並みだった。
外門から中に入ると目の前には大通りが伸びているが、その大通りがすでに急な登り坂となっている。そしてそんな大通りの脇には所狭しと石造りの建物が並んでいて、すべての建物が三階建て以上の大きなものだった。
そんな大通りは少し先で右にカーブしているが、まっすぐ進む方向にも細い道が続いていて、そちらは階段だ。
大通り上には平らになっているところがいくつもあり、そういう場所には屋台が出ている。そこで売っているのはちょうど昼時とあって、軽食みたいだ。
そんな街には多くの人たちが行き交っていて、他の街と明らかに違うのは、研究者のような格好の者たちの多さだった。
不健康そうな顔色で猫背の男や、大量の書類を運ぶ下働きなのだろう子供。さらにフランツでさえすぐには分からないような素材を抱えた眼鏡の女。
またそんな街中でも異彩を放っているのは、研究職なのだろう老人が乗る、大きめの木箱――のようなものだ。その木箱は通りの端に設置されていて、箱の下には車輪が、そして箱の先には頑丈そうな鉄線のようなものが付いている。
乗り込んだ老人がボタンのようなものを押すと、鉄線に引かれる形で箱が坂の上に登っていった。
「あれ、なんなの……」
マリーアが老人を乗せた何かを示してそう呟くと、カタリーナも眉間に皺を寄せた。
「私も初めて見たわ。足腰が弱って坂道を登るのが困難なお年を召した方が、街中の移動で苦労しないようにということなのでしょうけど……フランツ様はご存知ですか?」
「いや、私も知らない。最近開発されたものなのだろうか」
騎士団長という立場であり公爵家の子息であるフランツには、帝国中の最新情報を知る機会がある。そんなフランツが知らないとなれば、この街の外にはまだ広まっていない情報か、ここ数ヶ月の最新情報のみだ。
「なんか、すげぇ街だな」
「いろんな街が、あるんだな……」
フランツたちの近くにいたイーゴとカイも、放心状態で街を見上げていた。
そんな中でロータルが、フランツたちに声をかける。
「皆さん、今回は本当にありがとうございました。急な移動に最初は少し不安だったのですが、皆さんのおかげで安心してここまで来ることができました」
「いや、こちらこそ私たちを雇ってくれて感謝する。村での臨機応変な対応も助かった」
フランツが冒険者側を代表して答えると、ロータルは笑顔で頭を下げた。
「また何かありましたら、依頼をさせてください」
「ああ、いつでも声をかけてくれ」
そうしてロータルたち商隊とは別れ、フランツたちはイーゴ、カイの二人と向き合った。二人はフランツに視線を向けられ、少しだけ緊張している様子だ。
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