第91話 決断と違和感の正体

 フランツの身分を理解した二人は混乱から抜け出すと、どこか疲れた表情で顔を上げてフランツに問いかけた。


「……なんで冒険者なんか、やってるんだ? それに俺たちに推薦状を書いてくれる理由がないぜ。というか、身分を明かして良かったのか?」


 イーゴのその問いかけに、フランツは迷いなく告げる。


「冒険者をやっている理由は、冒険者が憧れの仕事だったからに決まっているだろう? ついに夢が叶ったのだ!」


 瞳を輝かせて拳を握りしめたフランツに、身分を明かしてからは尊敬や畏怖の視線を向けていた二人が、スンッと今まで通りの表情に戻る。


「やっぱりお前、凄いけど変なやつだな」

「英雄様は、こんな感じだったのだな……」


 そんな二人の変化には気づかず、フランツは続けた。


「身分を明かしたことについては、問題ない。基本的には隠しているが、絶対というわけではないからな。ただ広めないでいてくれると嬉しい。そして推薦する理由だが、二人の技術を見て兵士団の兵站部隊で活躍できると思ったからだ。より上を目指すのならば、適した場所に身を置くことも大切になる」


 フランツがまっすぐと告げた二人への評価に、二人は面食らったような表情で少しだけ固まり、次第に頬を緩ませていった。


「そんなに評価してもらえるのは、嬉しいけどよ……」

「ありがたいが……」


 迷っている様子の二人に、フランツはもう一度問いかけた。


「どうだろう。バルシュミーデ兵士団に入らないか?」

「どうすりゃあ、いいのか……」


 人生が変わるだろう決断に、二人は決めきれないようだ。重大な決断なのだから悩むことも必要だと思い、フランツが少し引いて二人のことを見つめていると、今まで黙っていたカタリーナが口を開いた。


「これはあなたたちの人生において、最も大きなチャンスよ。私は受けておくべきだと思うわ。バルシュミーデ公国はとても良いところで、住むことに関して心配はいらないもの。……もし兵士団は荷が重いと思うのであれば、エルツベルガー家の警備隊で雇ってあげても良いわよ。我が家の警備隊は兵站部隊もあるから」


 ぐるぐると悩んでしまった二人に助言をするよう口を開いたカタリーナに、イーゴとカイはギギギギギ……と音がしそうなぎこちなさで視線を向けた。


「も、もしかしてお前も、すげぇやつなのか?」

「お嬢様、なのか?」

「ええ。一応内緒にするのよ?」


 パチっとウインクをしたカタリーナに、二人は何度も首を縦に振る。


 するとカタリーナの言葉で気持ちが固まったのか、二人は顔を見合わせて頷きあうと、フランツにまっすぐ視線を向けた。


「兵士団への推薦、お願いします」

「お願いします」


 頭を下げた二人に、フランツは口角を上げて頷く。


「分かった。今夜にでも推薦状を書いて渡そう」


(冒険者には素晴らしい者たちがたくさんいるが、厳しい仕事でもある。他に適性が見出されたり、歳をとって冒険者を続けることが難しくなった後の就職先は、いくつか用意するべきかもしれないな。そうすれば優秀な人材によって、より国が発展していくだろう)


 フランツの中で、またイザークへの連絡事項が増えた。そしてイーゴとカイという、二人の器用貧乏な冒険者の運命が変わった瞬間でもあった。



 イーゴが作業に戻って、カイは村人が運んできた木材を持ち広場に戻ったところで、フランツたちもまた修繕作業に戻った。


 そんな中で村中の点検をしていた村長が、数人の村人を引き連れてフランツたちの下にやってくる。


「フランツさん、一番酷いのは宿屋と食堂でした。盗賊たちの寝床と食事場に使われていたようで、かなり荒らされておりました」

「そうか、では次はそちらの修繕に向かおう」


 そう答えながら、フランツは一つの気づきを得ていた。


(村に入ってから付き纏っていた違和感の一つは、宿屋がないことだったのだな。少なからず商隊や旅人が泊まる村ならば、宿があるのが普通だ。それから子供たちがいないことも違和感の一つだったのだろう……村に入った時点で気づけなかったことが悔やまれる。私もまだまだだな)


「よろしくお願いします」

「そうだ村長、村が乗っ取られていたのは半年ということだったが、その間に馴染みの商隊などは村を訪れなかったのか?」


 旅人は定期的に同じ道を通るということはないが、商隊ならば毎年決まった時期に商売のために移動し、いつも同じ村に宿泊するというのはよくあることなのだ。


 今回ロータルの商隊はイレギュラーな商売だったのでこの村への宿泊は初めてだったが、そうでない商隊も半年の間に必ずいたはずだとフランツは考えた。


「もちろん顔見知りの商隊は何回か宿泊しました。しかし盗賊の頭には事前にそのような商隊があれば教えろと言われ、執拗に子供たちの命を盾に脅されながら、わしたちに対応しろと……こっそり助けを求めることも考えたのですが、バレた時が怖くて結局は何もできませんでした」


 村長の説明を聞いて、フランツの中で僅かに残っていた疑問が全て解消する。


(あの盗賊の頭はそこまで考えていたのか……それだと馴染みの商隊が気づくのは難しいだろう。違和感を覚えたとしても、特に最初はスルーしてしまうはずだ。誰かが通報するとしても、月日が経ってからだろうな)


 そう考えたフランツは、眉間に皺を寄せた。用心深い盗賊団ならばバレそうになったところで逃げるかもしれないし、そうなればまた別の村が被害に遭うかもしれない。


(やはり定期的な見回りが必須だな。それから万が一盗賊などに人質を取られた場合の、合図等も決めておくべきだろう。声に出さず現状を伝えられれば、見回りの警備兵などが事態を把握できる)


 イザークに送る予定である提案の内容を上方修正させたフランツは、村長にはっきりと告げた。


「下手に動けば盗賊たちが強硬手段に出た可能性もある。耐えるのは悪くない選択であっただろう」

「そうですか……良かったです」


 盗賊団に村自体を乗っ取られるという極限状態で耐えていた、その選択を肯定された村長は改めてフランツに頭を下げる。


「フランツさんたちがいなければ、今も耐えていたでしょう。村人一同、感謝しています」

「皆の限界が来る前に救出できて良かった。では早く村を通常状態に戻すため、修繕を進めよう」


 そうしてフランツたちは、それからも場所を移動しながら建物の修繕に勤しんだ。夜には皆で楽しく食事をし、盗賊たちの見張りを交代しながら夜を明かす。


 村人たちにとってその日の夜は、久しぶりにゆっくりと眠りにつける夜だった。

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