第90話 イーゴとカイの今後

 諦めの滲んだ笑みを浮かべた二人は、フランツとカタリーナに助言を頼んだ時よりも低くなった声音で告げた。


「あー、その、教えてもらってすげぇありがたいんだけどよ、俺らにはちょっと厳しそうだ」

「そうだな……もう若くない」


 イーゴはヘラっと表情に笑みを貼り付け、ポリポリと頭を掻く。


「俺らの得意分野って聞かれたら、こういう物作りとか雑用だけど、そんなの仕事にならねぇし、物作りだって本職と比べたら劣る」

「冒険者の中では得意という程度だ」

「……だから今まで通り、細々と冒険者をやってくことにするぜ。せっかく教えてくれたのにすまねぇな」


 そう言ってイーゴが話を打ち切ろうとしたところで、フランツは二人を手で制した。そして二人にとっての最善を考える。


(私たちに強くなる方法を聞いたということは、二人は現状に満足していないのだろう。今でも素晴らしい冒険者だというのに、さすがの心意気だ。しかし二人の言うように才能や年齢などで、努力の頭打ちというのはある。二人がもっと輝ける場所があるならば、そちらに職を変えるのもありなのではないか?)


 今まで二人と依頼を共にしてきて、フランツは二人の才能は索敵や偵察、状況把握、そして遠征や野営での自然を相手にした生活能力などにあると考えていた。


 その得意を伸ばすのであれば、冒険者よりも他に適した職業がある。


「二人とも、兵士団の兵站部隊に勤めてはどうだ?」


 フランツが何気なく口にした提案に、二人は瞳を見開いた。


「兵士団の兵站部隊って……いや、俺たちのことをそんなに評価してもらえるのは嬉しいけどよ、無理だろ」

「俺たちには学もコネもない」

「それにもう若くねぇし、今更採用してもらえねぇだろ。貧民生まれで身元もはっきりしてねぇんだ」


 二人が無理だと断じる理由は生まれや歳、コネなど努力ではどうにもならない部分ばかりだ。

 そんなもので、冒険者として素晴らしい働きをしている者たちの将来が狭まるのはもったいない。才能を活かす場に身を置けないのはおかしい。


 そう考えたフランツは、あまり悩まず一つの決断を下した。


(二人には身分を明かして、私が推薦状を書こう。バルシュミーデ兵士団ならば、そのトップは父上と兄上だ。私からの推薦状が無下にされることはないだろう。二人は自信を持って推薦できる能力を有しているし、素晴らしい心意気の冒険者だ。推薦することになんの問題もない)


「もし採用されるとすれば、働きたいという意思はあるか?」

「いや、そりゃあ兵士団なんかに入れんなら嬉しいけど」

「今後の生活が保障されるし、働けるのなら働きたい。しかしあまりにも無謀だろう」

「そうだぜ。まず採用されるのが無理だ。俺らなんて門前払いされるのがオチだろ」


 イーゴとカイがそう言って自嘲の笑みを浮かべたところで、フランツが爽やかな笑みで告げた。


「分かった。では私が推薦状を書こう。バルシュミーデ兵士団で良いか?」

「いや、いいか? って話聞いてたか? というかお前も俺たちと同じ冒険者だろ。推薦状ってどういうことだ?」


 二人の困惑顔に、フランツは周りに聞かれないよう声を落として身分を明かす。


「私は現在、休暇中の身で冒険者をやっているのだ。実は本職では――第一騎士団の団長をしている。バルシュミーデ兵士団のトップは私の父上なので、推薦状は効力を持つだろう。ほぼ確実に採用される」

「…………は?」


 イーゴとカイはたっぷり間を置いてから、間抜けな声を出した。二人が理解できる範囲を超えてるのだろうフランツの言葉に、かなり混乱している様子だ。


「ちょっ、ちょっと待て。冗談……だよな?」

「そうじゃないと、おかしい。だ、第一騎士団の団長は、確か英雄だ」

「だ、だよな。俺たちだって知ってるぜ。そんな雲の上にいるようなやつが、冒険者やってるなんて、意味わかんなぇだろ」


 二人が混乱しながらも言葉を紡ぎ、フランツの明かした身分を否定しようとすると、フランツは首を横に振った。


「いや、冗談ではない。本当のことだ。一応騎士団長の証やバルシュミーデ公爵家の紋章はあるのだが……二人は見て分かるだろうか」


 躊躇いなくその二つを取り出したフランツに、二人は見るからに高級そうな素材で作られた細かい意匠の品を凝視して、慌てたように手を振った。


「お、おいっ、そんなの出すな!」

「誰かに見られたら、どうするんだ」

「そうだ。う、迂闊なやつだなっ、早く仕舞え!」


 混乱している二人はなぜかフランツの心配をし、フランツが二つの証を仕舞ったところで、疲れたように息を吐き出した。


「はぁ……まじ、なのか」


 イーゴがポツリと呟くと、カイも口を開く。


「よく考えたら、俺たちにこんな嘘を伝える意味はない」

「だよなぁ。しかもさっきの、めっちゃ高そうだったし。あんなの初めて見たぜ」

「ただ本当のことだとしても、意味が分からないことだらけだ……」


 二人は少しだけ混乱が収まったのかゆっくりと顔を上げると、イーゴがフランツに問いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る