第89話 改心と頼み
盗賊の見張り役だったはずのカイが顔を見せると、フランツは不思議そうな表情で問いかけた。
「カイ、何かあったのか?」
「いや、特に問題はない。ただ問題がなさすぎて見張りは一人でも十分だったので、マリーアに様子を見てきて欲しいと頼まれた。何か見張りながらでもできる作業があるといいんだが」
カイの言葉を聞いてフランツが答えるより早く、近くにいた村人の男性が口を開く。
「それなら木材の切り出しを頼めないか? その工程が一番時間が掛かるんだ」
「分かった。請け負おう」
「ありがとな! じゃあ木材を持ってくるから、ここで待っててくれ」
男性はそう言うと村の奥に駆けていき、カイはその場で待機となった。問題はなさそうだと作業に戻ったフランツやカタリーナを横目に、端で木箱に腰掛けて静かに作業を進めるイーゴの下へ向かう。
「イーゴ、作業はどうだ?」
「おうっ、問題はねぇよ。こういう細かい作業は得意だからな」
イーゴは手先の器用さを買われて、難しい工程の担当になっていた。物作りだけに限定すれば、フランツとカタリーナよりも才能があるのだ。
「そうか」
「――なぁ、カイ」
「なんだ?」
「なんかあいつら見てると、俺たちももう少し真面目にやろうかって思えねぇか?」
作業の手を止めずにポツリとイーゴが本心をこぼすと、カイは少しだけ無言を貫いてから、頷いた。
「……分かる。あんなに凄いやつらがいるなんてな。能力だけじゃなく、考え方が立派すぎて眩しい」
「ははっ、本当だよな。あんな人種と交流したの初めてじゃねぇか?」
「だな。今まで知り合ってきたやつらは、俺らよりも不真面目なやつばかりだった」
「だよなぁ。だから俺らって結構頑張ってるって、思い込もうとしてたんだ。でも全然だった」
そこまで話をしたところで、イーゴは作業の手を止めてカイに視線を向けた。
「なあ、あいつらにどうやったらあんなに強くなれるのか聞いてみねぇか? あいつらほどは無理だとしても、もう少し上を目指せるかもしれねぇぞ」
「……そうだな。聞くだけなら危険もない」
カイの返答にイーゴはニッと口端を持ち上げると、作業していた木材や道具を置いて立ち上がる。そして村人たちと交流しながら作業を進めるフランツとカタリーナの下に向かった。
フランツは魔法を駆使して、カタリーナは持ち前の怪力で重労働を引き受けていた二人の下に、イーゴとカイが神妙な面持ちでやってきた。
今までと違う雰囲気にフランツは自然と作業の手を止め、二人に向き直る。
「なあ、フランツとカタリーナ……ちょっと、聞いてもいいか?」
「もちろん構わない」
イーゴの問いかけにフランツが頷くと、イーゴは僅かに緊張の色を見せながら口を開いた。
「お前たち三人は、すげぇ強いだろ? どうしたらそんなに強くなれるんか、教えてくれねぇか? 特殊な鍛錬とかしてたりするのか?」
その問いかけにフランツは一気に嬉しさが湧き上がり、口角を上げながら二人に近づく。
(やはり冒険者とは、向上心があって素晴らしい者たちばかりだな)
「私たちの鍛錬方法が参考になるのかは分からないが、そのぐらいのことならばいくらでも教えよう」
「本当か! ありがとな」
「まず私の鍛錬についてだが……」
それからフランツが語った日々の鍛錬、カタリーナが語った今までの訓練法を聞いたイーゴとカイは、瞳から力をなくしどこか遠い場所を見つめていた。
二人の鍛錬メニューは一般的な筋トレや素振りなどに始まり、そこまでは良かったのだ。しかし途中から常人ではあり得ない内容にシフトしていった。
フランツならば、目隠しをした状態で魔物が生息する森に入り数日を過ごすことで気配察知能力が格段に上がるだとか、自分の体重の倍を超える重りを付けて数ヶ月ほど生活することで筋力と素早さの大幅な向上が認められるだとか、無数の石を風魔法のトルネードで巻き上げた中に突入して全てを剣で防ぐことで剣技が上達するだとか――
他にも常人では訓練中に命を落とすだろう内容が多数だった。フランツはこれらの訓練を当たり前のように、限度を超える苦痛なくやってのけるのだから、やはり天才なのだ。
カタリーナも同様で、まずは自分よりも大きな岩を拳で割れることからがスタートという部分で、すでにイーゴとカイは遠い目をしていた。
「あっ、岩を割るのだからナックルを付けるのよ? さすがに私も素手では厳しいわ」
まるでナックルを付ければ誰でも岩ぐらい割れるようになると言わんばかりのカタリーナの言葉に、もはやイーゴとカイは一言も言葉を発さない。
「私たちの鍛錬はこのようなものだな。参考になっただろうか。もちろんこれらの鍛錬を全て、現在も継続しているわけではない。毎日しているのは基礎鍛錬のみだ。カタリーナもそうだろう?」
「はい、そうですわ。一度力を得てしまえば、後はそれが衰えないようにするだけですから簡単です。後は自分の得意分野を伸ばすことでしょうか。フランツ様は剣と魔法、私は力、マリーアは風魔法というように」
「そうだな。そこも重要な部分だ」
二人はそこで締めくくって、ほぼ同じタイミングでイーゴとカイに視線を向けた。
「もしよければ、依頼中は共に鍛錬をするか?」
フランツがそう問いかけると、二人は顔を見合わせる。そしてアイコンタクトをしてから、諦めるように下手な笑みを浮かべた。
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