第87話 犯罪抑止には冒険者?

 フランツに視線を向けられた村長は、盗賊たちには鋭い視線を向けつつも、どこかスッキリとしたような表情だった。


「皆様、改めて本当にありがとうございました。憎き盗賊どもを捕えられたこの光景を、何度夢に描いたことか」


 ゆっくりと盗賊一人一人を睨みつける村長には、年長者特有の凄みのようなものがある。顔を上げて村長の鋭い眼差しを見てしまった盗賊は、身動きが取れない状況というのも相まってなのか、恐怖に震えているようだ。


「取り返しがつかない事態に陥る前に、助けることができて良かった。村長ら大人たちは、盗賊に捕縛されているというわけではなかったのか?」

「はい。子供が人質に取られていて、反抗すればその瞬間に子供が死ぬと、さらに外部に助けを求めても子供を殺すと、そう言われて大人たちは言いなりになっていました」


 人質という言葉にフランツは眉間に皺を寄せ、厳しい表情だ。騎士団長として何度も人質を取られた事件に遭遇しているフランツは、その厄介さを知っていた。


 今回のように相手が油断している状態で人質も助け出せれば良いが、完全に人質を隠されてしまい、瞬時に助け出すことができない場合、最悪は人質が命の危機に陥ることもある。


「盗賊に乗っ取られたのはいつのことだ?」

「そろそろ……半年ほどになるかと」


 半年という言葉に驚き、フランツは思わず盗賊の頭に視線を向けてしまった。半年も村を丸々乗っ取っていて気づかれないというのは、統率者の能力が高いのだろうと予想できる。


(盗賊なんかに落ちなければ、優秀な人材として重宝されたかもしれないものを……もったいない。やはりこのような能力の無駄遣いは、極力減らしていきたいな。とはいえ罪を犯した者は、能力があるとはいえ適切な罰を受けてもらうが)


 フランツは盗賊の効率的な討伐方法ではなく、どうすれば盗賊がそもそも生まれないのかについての提案書を、脳内で思案し始めた。


 そして盗賊に身を落とす一番の原因は貧困であるという既知の事実から、すぐに冒険者という職業の可能性に思い至る。


(冒険者とは間口が広い職業だ。貧しい者たちも冒険者となることは可能だろう。そして一度冒険者となれば、素晴らしい先輩冒険者たちによって精神も鍛えられる。ということは、冒険者という職業の魅力をもっと伝えることで、犯罪を減らせるのではないだろうか)


 図らずもそれは、国が冒険者という職業を創設した意図の一つと同じだ。現在は冒険者に対するイメージがかなり悪化しており、創設当初の目的はほとんどの者たちの頭から消え去っていたが。


(思えば冒険者とはその素晴らしさに対して、一般的な民からの認知度が低いと思っていたのだ。護衛依頼などは冒険者以外に頼む者も多いと聞くし、街の食堂などで冒険者の素晴らしさに関する話を聞いた記憶はない。――もっと冒険者のことを世間に伝えるべきだな)


 これからは今まで以上に冒険者の素晴らしさを伝えながら旅をしよう。そしてイザークにも、冒険者の素晴らしさを伝えるための施策をするべきだと連絡してみよう。


 フランツはそんなことを考えながら、村長に視線を戻した。


「これからはこんな事態が起きないよう、努力することを約束する」


 無意識のうちに騎士団長としての言葉を発したフランツに、村長は驚きながらも感動の面持ちを浮かべた。


「ありがとうございます!! ――ここまで志の高い冒険者がいるとは、わしは冒険者を誤解しておった」


 後半の小さな呟きはフランツの耳に入らず、フランツはイザークに連絡する事項を脳内で整理する。


(この村のように盗賊に乗っ取られている場所が他にもあるかもしれない。帝国全体で確認を強化するべきだろう。それから盗賊の被害報告があった場合、近くの村に警備隊、または兵士団を派遣するべきかもしれないな。さらに先ほど考えた盗賊を生み出さない方策も――)


 フランツからの連絡を確認したらイザークは確実に頭を抱えるだろう仕事量だが、フランツは自身が優秀なためその鬼畜さには気づいていない。


 しかし付き合いが長くなってきたマリーアが、何かを察したのか微妙な表情で口を開いた。


「フランツ、仕事を一気に投げるのは良くないんじゃない?」


 イザークがこの場にいたら、感動で涙するほどの助言かもしれない。そんな言葉を聞いたフランツは、


「確かにそうだな。気をつけよう」


 そう素直に頷き、改善案を考えた。


(報告は二度に分けよう)


 微妙にズレた思考で納得したフランツの内心まで、さすがにマリーアも察せなかったらしい。誰にも突っ込まれることなく、フランツの脳内でイザークへの連絡事項は固まった。

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