第85話 救出

 飛びかかってくる盗賊はフランツが次々と無力化し、マリーアは風魔法での援護に徹した。二人の実力を把握した盗賊が逃げの一手を取ろうとしても、フランツがそれを許さない。


 逃げ道は土壁で塞がれ、正面にはまるで踊るような身のこなしで剣を振るフランツと、そこを突破しても高度に風魔法を操るマリーアがいる。

 すぐにでも訪れるだろう自らの敗北を察して、盗賊たちは思いっきり顔を引き攣らせた。


「お、おい……やべぇぞっ」

「あいつ強すぎるだろ!」

「こんなの聞いてねぇ!」

「逃げらんねぇぞっ」


 盗賊たちは恐怖や混乱から逃げ腰になり、そうなればもう完全に制圧されるのはあっという間だ。最後はマリーアの援護も必要なく、その場にいた盗賊全員が地面に倒れた。


 イーゴは道案内をしただけで、戦闘には一度も参加する隙はなく戦闘終了だ。


「し、信じられねぇ……こいつら、なんで冒険者なんてやってんだよ」


 小さく呟いたイーゴの言葉は、盗賊たちを詰問しているフランツには届いていない。


 フランツは倒れた盗賊を一ヶ所に集め、土魔法で石枷を手足に嵌めながら、鋭い眼差しを向けている。


「他に仲間はいるか、嘘をつけば命はないと思え。村の人たちも捕らえているのだろう? 場所を教えろ」


 冷たく低い声音に盗賊たちは恐怖に震え、抵抗という抵抗もなく情報を吐いた。


「こ、ここにいねぇやつは、捕らえてる村の子供の監視をしてるはずだ。あとはお前らのとこに向かってるやつも」

「子供がいる場所は?」

「村の外れにある、倉庫……」

「分かった。マリーア、イーゴ、行くぞ」


 もう用はないと踵を返したフランツに、マリーアは慣れたように、イーゴは慌てて付いていく。


「フランツ、子供が人質になってるなら、大人は家にいるのかもしれないわよ。盗賊を捕らえたことは伝えたほうがいいんじゃない?」

「確かにそうだな、この騒動に恐怖を抱いているかもしれない。倉庫に向かう間にも伝えて回ろう。それから子供の見張りをしてる盗賊は、騒動を察知していたら子供を盾にする可能性がある。その場合は私に任せてくれ」

「分かったわ」

「お、おう、任せるぜ」


 そうして村人たちに盗賊の捕縛を伝えながら、子供が捕えられているという倉庫に向かうと……そこには恐怖からかギョロリと目を血走らせた男が一人いた。


 男は腕に小さな少女を抱き、少女の頬にナイフを突きつけている。


「こ、こっちに来るな! こいつが死んでもいいのか! そ、それが嫌なら、武器を捨てやがれ!」


 現状が自分たちに不利であることを把握しているらしい男は、危うい精神状態に見える。何をしでかすか分からないし、話が通じるようには見えない。


 そう考えたフランツは、すぐに方針を決めて剣を地面に落とした。


「……分かった。武器は捨てたぞ。その代わりその子は解放してくれ」


 ゆっくりとした動作で両手を上げたフランツに、マリーアとイーゴも従って同じようにする。すると男が僅かに安心して体を緩めたのがフランツに伝わり、その瞬間。


 フランツは一切体を動かすことなく、石弾を放った。


 魔法を放つ動作が全くなく、さらには目で追うのも難しい速度の石弾に、男が気づくはずもない。男は額の中心に石弾を受けて、そのまま後ろに倒れ込む形で意識を失った。


 フランツは男に石弾が命中した瞬間に走り出し、男が倒れる前に腕に抱かれていた少女を助け出す。ドサッという男が倒れ込む音とほぼ同時に、フランツは少女を腕に抱いたまま足を止めた。


「大丈夫か? もう心配はいらない。悪い盗賊は私たちが全て倒した」


 少女を安心させるように笑みを浮かべたフランツに、まだ五歳ほどに見える少女は顔をクシャっと歪めて泣き出してしまう。

 そんな少女にフランツは少し困ったようにしながら、優しく頭を撫でた。


「うわぁぁぁぁんっ、……ひっぐ、えぐっ……」

「助けるのが遅れてすまないな」

「っ、おにいちゃん、ありがと……っ」


 泣きながら必死に感謝を伝えた少女に、フランツはさらに笑みを深める。すると少しだけ落ち着いたらしい少女はフランツの顔をじっと見つめ、しばらく固まってから――


 頬を赤く染めた。小さな少女が柔らかいほっぺを赤く染めているのは可愛らしいが、少女の表情は完全に照れている乙女そのものだ。


 しかしフランツはそんな意味には気づかず、心配そうに腕に抱いたまま少女の額に手を当てる。


「顔が赤いが、ストレスから熱が出たのだろうか。辛いところはあるか?」


 その問いかけに少女がぶんぶんと必死に首を横に振っていると、呆れた様子のマリーアがフランツの下に向かった。そして居心地が悪そうな少女に手を伸ばす。


「ほら、こっちにおいで。フランツ、この子は恥ずかしがってるだけよ。あんた無駄に顔がいいんだから」


 少女が大人しくマリーアの腕の中に収まると、フランツは不思議そうに首を傾げた。


「まだその子は五歳ほどだろう?」

「五歳だって立派な乙女なのよ。ね。どこか痛いところはない?」

「大丈夫……おねえちゃんも、ありがと」

「いいのよ。この倉庫の中にお友達もいるの?」

「うん、みんないるよ。助けてあげて」


 少女のその言葉にフランツは剣を拾いに戻ると、手持ち無沙汰で立ち尽くしていたイーゴに声を掛けた。


「イーゴも共に中に入るぞ。もしかしたら、まだ盗賊がいる可能性もある」


(中には大人の気配はないようだが、気配を消すのが上手い者もいる。油断はよくないだろう)


「あ、ああ、分かった」


 フランツはイーゴと共に倉庫の扉に手をかけ、顔を見合わせてタイミングを合わせてから、バタンっと勢いよく扉を開けた。


 そして足を踏み入れた倉庫の中には……恐怖に震えた子供たちしかいなかった。フランツは周囲の様子を素早く把握して安全を確認すると、剣を鞘に収めて子供たちを縛っている縄を解いていく。


「皆、私たちは盗賊を捕縛した者だ。この村を助けるために動いている。味方なので安心してくれ」

「こ、怖くねぇから、な」


 フランツは人好きのする笑顔で手際よく、イーゴはぎこちない笑みで手間取りながらも、着実に子供たちの救出は進んだ。


 そして数分で全員の縄が解かれ、子供たちが倉庫から出る時には、盗賊の捕縛を告げられていた村人たちが倉庫前に集まってきていた。

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