第84話 盗賊の捕縛

 走ったら足音から敵に見つかるかもしれないが、イーゴはそれも承知の上で必死に走った。そうして運良く見えてきた貸家に向かって、腹の底から叫ぶ。


「この村は盗賊に乗っ取られてるぞ! 全員今すぐ起きて武器を持て!」


 そう叫んだ瞬間に、イーゴは盗賊団の頭である男に思いっきり殴り飛ばされた。体の大きなイーゴがかなりの勢いで地面に激突したことから、頭の怪力さが窺える。


「っっ、ぐっ……っ」


 あまりの衝撃に意識が飛びそうになる中、イーゴは地面を転がるようにして追撃の刃はなんとか躱した。しかしイーゴは剣を持っていない。足で無理やり地面に縫い止められたイーゴの目の前に、銀色の刃が突きつけられた。


 盗賊団の頭である男は、怒りで顔が酷く歪んでいる。


「盗み聞きしてたのはおめぇだな? ちっ、楽に死ねると思うんじゃねぇぞっ!」


 頭はイーゴをいつでも殺せると思っているのか、突きつけた剣を一度引くと、怒りに任せて拳を振り上げた。


 キツく握り締められた拳をぼんやりと見つめながら、イーゴは俺の命もここで終わりかと半ば諦めの境地に陥る。


(殴り殺されるとか運がねぇな……せめて剣で一撃で殺してくれりゃあいいのに。今まで真面目に生きてこなかったツケが回ってきたか……)


 そんなことを考えながら、イーゴが生を諦めようと瞳を閉じかけたその瞬間。突然イーゴを踏みつけていた盗賊団の頭が、近くの建物の壁に激突する形で吹き飛んだ。


「ガハッッ」


 衝撃音と共に肺の空気が全て吐き出されたような声がして、頭は意識を失い倒れ込む。

 あまりにも突然のことにイーゴが呆然と倒れ込む頭に視線を向けていると、そんなイーゴに手を差し伸べる存在が現れた。


 それは――鋭く周囲を睨みつけるフランツだった。



「おい、何があったのか説明してくれ。先ほど盗賊と言ったか?」


 イーゴの手を引いて立ち上がらせたフランツは、即座にそう問いかけた。すると呆気に取られた様子で固まっていたイーゴは我に返ったように顔を上げ、すぐに口を開く。


「あ、ああ、トイレに起きて村を散歩してたら、たまたまこの村が盗賊に乗っ取られてるって話を聞いちまったんだ。さらに最悪なことに、ミスって物音を立てちまって、話を聞いてたことがあいつらにバレた。あいつらは俺らを皆殺しにするつもりだ」

「盗賊が村を乗っ取っているのか」


 フランツは誰もが恐怖を覚えるような冷たい光を瞳に宿すと、悔いるように眉間に皺を寄せた。


(この村に入った時から感じていた違和感の主原因は、それだったのか。もっと早く気づいていれば……! しかしイーゴが気づいてくれて助かった。さすがは冒険者だな)


 後悔は一瞬で済ませ、フランツはイーゴに尊敬の眼差しを向ける。


「イーゴは素晴らしい冒険者だな。この村の悪を暴いてくれて感謝する。あとは盗賊を一人残らず捕らえ、村人たちを救おう」


 肩をポンっと叩かれたイーゴは突然褒められたことに困惑している様子だったが、すぐに意識を切り替えたのかフランツの自信に疑問を呈した。


「そ、そんなことできんのかよ。盗賊は何十人もいるかもしれねぇんだぞ?」

「全く問題はない。何百人でも負ける気はしないな。それにできるかできないかではない。私たちはやらなければいけない立場だろう?」


 そんなフランツの言葉にイーゴが圧倒された様子で瞳を見開いていると、フランツから少し遅れてマリーアとカタリーナが家から飛び出してきた。


「フランツ、どうしたの!?」

「フランツ様、ご無事ですか!」


 二人はそれぞれの得物を持ち、すでに臨戦態勢だ。


「私は問題ない。しかしこの村は盗賊に乗っ取られているようだ。今すぐに盗賊を全員捕えよう」

「盗賊に? それは大変じゃない。村の人たちは無事なの?」

「まだ分からない。とにかく盗賊を捕らえてからだ」

「分かりました。では盗賊を捕らえに向かう班と、商隊を守る班に別れましょう」

 

 それから話し合いによって夜目が効くフランツとマリーア、そして盗賊の拠点だろう場所を知っているイーゴが捕縛に向かい、カタリーナとカイが護衛として残ることになった。


 イーゴは不安げな様子を見せていたが、捕縛に向かいたくないとは言えないからか、大人しく武器を持つ。


「では行ってくる。カタリーナ、こちらは頼んだ」

「はい、お任せください」


 そうしてフランツたち三人は、村の中を駆け回った。まずはイーゴの案内で盗賊たちの会話を聞いた場所に向かう道すがら、武器を持ちフランツたちの借家に向かっていた盗賊たちを発見し、即座に無力化する。


 フランツが流れるような動きで盗賊たちの武器を叩き落とし、剣の柄で首や鳩尾など急所を殴った。さらに少し遠くから遠距離攻撃を仕掛けてくる盗賊は、マリーアが風魔法で近くの建物に向かって吹き飛ばす。


 一瞬にして盗賊たちが倒れていく様子に、イーゴは瞳を見開き、ポカンと口も開いて固まった。


「私が魔法で地面に縫い留めておこう。まずは盗賊全員を無力化することが先だ」

「そうね。イーゴ、案内をお願い」

「わ、分かった」


 それから向かったイーゴが盗み聞きをした家には、突然の事態に困惑している様子の盗賊が、たくさん集まっていた。

 そんな盗賊たちは、フランツたちを皆殺しにするという指令は行き渡っているのか、三人が顔を出した瞬間に戦闘態勢に入る。


「とにかくあいつらを殺すぞっ」

「ちっ、早く殺っちまうか」


 盗賊の数は二十名を超えるほどだ。圧倒的な数にイーゴの腰が引ける中、フランツとマリーアは躊躇いなく盗賊たちと相対した。

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