第83話 真夜中の騒動

 商隊のメンバー全員が眠りにつき、村全体も静寂に包まれている中で――イーゴがふっと目を覚ました。時間はちょうど日付が変わる頃の深夜だ。


 眠い目を擦りながら上半身を起き上がらせたイーゴは、ぶるっと体を震わせた。


「水を飲みすぎたか?」


 小さくそう呟き、寝袋から抜け出してトイレに向かうため家の外に出る。貸し出された空き家はトイレが外にあるタイプなのだ。


 用を足してトイレから出てきたイーゴは、すぐ家の中には戻らず、その場で何気なく空を見上げた。そこにあるのは明るい光を放つ、綺麗な満月だ。


「なんか、目が覚めちまったなぁ」


 大きく伸びをして息を吸い込んだイーゴは、家の玄関とは逆方向に足を向けた。


「今日は明るいし、ちょっと散歩でもするかな」


 ぶらぶらとあてもなく歩きながら、寝ていたことで固まっている体を伸ばし、雑に解していく。肩を回してから硬く凝った肩を自ら揉み、眉間に皺を寄せた。


「なんか今回は疲れるなぁ。あいつらを見てると、罪悪感が生まれるというかなんというか……」


 そう呟いたイーゴは、ふっと自嘲気味な笑みを浮かべると、近くにあった石を軽く蹴り飛ばした。


「俺にもまだ、あいつらを眩しいと思える気持ちがあったとはな」


 そうしてしばらく散歩を続け、そろそろ戻ろうと踵を返したその時、イーゴの目に僅かな光が入る。

 その光は近くの家から発されていて、イーゴはこんな時間に光源を確保している村人が気になって、単純な好奇心でそちらに少し近づいた。


「あの感じは魔法の光ってより火だな。こんな夜中にわざわざ火をおこしてんのか?」


 光魔法で光源を作り出すのであれば長時間の維持ができる者も割といるが、火魔法はそもそも長時間の維持ができるようなものではないため、炎によって室内を照らしている時には火をおこしているのが一般的だ。


 しかしこんな夜中まで火を維持しているか、新たにおこしたのか、どちらにしても通常はやらない。

 イーゴは不思議に思いながら、そっとその家に近づいていった。勝手に他人の家に近づいているので、足音を立てずに息も潜めて、光が漏れている窓の近くで身を潜める。


 そして中を覗きもうとしたその瞬間、すぐ近くから声が聞こえ、イーゴは咄嗟にその場へとしゃがみ込んだ。


「お頭ぁ、今回はどうすんですかい?」

「いっぱい積荷が詰まってましたね〜」

「やっぱり少し先でいつものように石を落としやすか?」


 イーゴは自分の口を手で塞ぎ、息遣いも相手に聞こえないよう意識する。そして体を一切動かさず、家の中から聞こえてくる会話だけに意識を向けた。


「いや、今回は大きく動くのは禁止だ。あんまり被害が出過ぎると面倒なことになるからな。前に奪ったもんも、まだあんだろ?」

「そうっすねぇ〜」

「見逃すんすか? つまんねぇなぁ」

「お前ら気が早ぇぞ。盗賊としてあいつらを襲うのはなしってだけだ。いっぺえ積まれた積荷がちょっとなくなってたって、気づかれねぇさ」

「おっ、じゃあ盗みに行っていいんすね!」

「絶対にバレないならな」

「大丈夫っす! 睡眠香も十分にありやすし」

「そうか、ガハハハハッ」


 あまりにも衝撃的な会話を聞いてしまったイーゴは、自分がヤバい場所に近づいたんだと冷や汗をダラダラと流していた。

 恐怖から動けず、その場で石のように固まる。


(どういうことだよ! この村は盗賊の村なのか? いや、確か商隊のおっさんが村の名前を言ってたはずだ。盗賊が作った村なら名前なんてないだろ。じゃあ、どういうことなんだ? 村人が盗賊化したのか?)


 イーゴが大混乱に陥っていると、また声が聞こえてきた。


「それにしても、村を乗っ取ったの大正解っすね! マジで快適だし、盗みの成功率爆上がりじゃないっすか?」

「さすがお頭です!」

「最近はお頭の方が元のジジイより村長ぽいっすよ」

「はっ、当然だろ? それよりも村人たちは従順か? ぜってぇ逃したりすんなよ。面倒なことになるからな」

「もちろんっす。でも大丈夫っすよ。子供を人質にしてんすから」

「まあそうか。ギャハハハハ、本当に気分がいいぜ」


(盗賊が村を乗っ取ったってことか……!? どうすればいいんだ。俺はどう動くのが正解だ? というか俺がこの事実を知ったことを盗賊たちに知られたら、すぐに殺されるんじゃ……ダメだ、何も聞かなかったことにして逃げるんだ。借りた家に戻って寝る。それで全て忘れる。それが一番だ。早く戻らないと……!)


 混乱しながらもそう結論を出したイーゴは、慌てて足を動かした。するとちょうどすぐ近くにあった木箱に気づかず、ガタンッと大きな音を立てて蹴り飛ばしてしまう。


「誰だ!?」

「お前ら外だ!」

「早く行け!」


(ヤ、ヤベェ……! 今は武器も持ってねぇし、逃げねぇと殺されるっ)

 

 イーゴは恐怖に震える足を必死に動かして、近くにあった建物の影に隠れた。


「どこ行った!?」

「早く見つけ出して捕まえろっ。十中八九商隊のやつらだ!」

「秘密を知られたなら生かしておけねぇっすよね!?」

「お前ら計画変更だっ。今回はこの場で皆殺しにする!」


 そう言って騒ぐ男たちは隠れたイーゴに気づかず、運良くイーゴは魔の手から逃れることに成功した。


 足音が遠ざかっていくのを聞いて、僅かに安堵の息を吐き出す。しかし依然、危険なことに変わりはなかった。


(これからどうする? どうすれば助かる? あいつらが向こうに行ったから、反対から村を出て近くの街まで走ればなんとか助かるかもしれねぇ。でもそれだと寝てる皆は俺のせいで、寝込みを襲われることになる。俺は他人に危険な仕事を押し付けてきた碌でなしだけどよ……ここでも逃げていいんか?)


 イーゴは恐怖と焦りでまとまらない思考ながらも、必死で今後の動きを考えた。そしてするりと言葉が溢れ落ちる。


「ここで逃げたら、俺は本当に最低だよなぁ」


 そう口に出したイーゴの脳裏には、冒険者の素晴らしさや理想を語るフランツの様子が思い出されていた。さらにロータルが冒険者を評価してくれていたことも思い出す。


(あんなに冒険者を持ち上げられたら、クズになりきれねぇじゃねぇか)


 心の中でそう呟いたイーゴは、覚悟を決めて立ち上がった。そして村から逃げるためではなく、皆に危険を伝えるために走り出す。


 必死に走るイーゴの表情には、強い決意が浮かんでいた。

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