第82話 山中の村と違和感
野営をした日から数日後の夕方。フランツたちは山中にある村に到着していた。本日はここに宿泊だ。トレンメル公国の首都であるトーレルまでは、順調に進めばあと二日ほどの場所になる。
「小さな村なのね」
村の入り口でぐるっと村の中を見回したマリーアの呟きに、カタリーナも同意して口を開く。
「本当ね。何だかあまり活気がないような気もするけれど、山中の村はこのぐらいが普通なのかしら」
「村も様々だからな。この程度の規模の村はよくあるだろう」
(しかし確かに、少し雰囲気が普通ではないな?)
フランツはそう思ったが、その違和感の正体がはっきりと分からず頭の隅に覚えておくだけに留めた。
村長である四十代ほどのガタイが良い男とロータルが宿泊に関する交渉をしているのを横目に、護衛として村の外へと視線を向ける。
村は簡易の柵で覆われているが、村の中から外の様子が見える程度の柵だ。魔物が村を襲った場合、僅かな足止めにしかならないような作りだろう。
しかし小さな村ではそれが精一杯であることも多く、あまり意味はなくとも心理的な安心感のために、柵が設置されていることは多い。
「今夜は見張りが必要かしら」
「せっかく村に泊まれたんだからいらないって言いたいとこだけど、微妙よね〜」
カタリーナの言葉にマリーアがそう答え、フランツも悩みながら眉間に皺を寄せた。そして心許ない柵を見て一応一人は見張りをしよう、そう口にしようとした瞬間、フランツたちの話が聞こえていたらしい村長が口を挟む。
「見張りは必要ないですぜ。一応こんな辺鄙な村ですから、夜は物見櫓の上に必ず一人見張りがいるんです。もし何かあったら鐘が鳴りやすから」
村長が満面の笑みを浮かべながらそう言ったのを聞き、フランツはやはり少しの違和感を覚えながら頷いた。
「……そうか、では今夜は安心して寝させてもらう」
「そうしてくだせぇ。ここまでお疲れでしょうからね」
「ありがてぇ話だな」
「ああ、今夜はぐっすり寝られそうだ」
イーゴとカイは村長に対してなんの疑問も抱かず、素直に喜んでいる様子だ。ロータルも笑顔で歓迎してくれる村長の言葉に頬を緩める。
「見張りをしてもらえるのはありがたいわ」
「そうね。やっぱり睡眠時間が十分に取れないと疲れるものね」
カタリーナとマリーアも安心したように体の力を抜き、今夜は商隊の全員で眠りにつくことになった。
そんな話の流れを聞き、村長は口元の笑みをさらに深めると、「さあさあ」と皆を村の奥へと案内し始める。
「いくつか空き家がありますから、そこを使ってくだせぇ。この村には旅人とか商隊が泊まることが多いもんですから、空き家を貸し出せるように維持してるんですよ」
「空き家を借りられるのはありがたいです。それなら全員が室内で寝られますね」
「もちろんですぜ」
そうして村長の案内で村の奥に向かうと、たまに村人たちとすれ違った。畑仕事をしているのか農機具を持っている男や、夕食の食材なのか籠に野菜を詰めて運んでいる女が目に入る。
しかしフランツはそんなよくある村の光景に、やはり違和感を覚えた。
(この村、どこか異様な雰囲気がある。村人たちが疲れた様子なのはよくあることだとしても、何か他にも……)
そう考え込んでいるうちに、村長が足を止める。
「ここの二軒を使ってくだせぇ」
そう言って示された二軒は、隣り合っている立派な住宅だった。少し古さは感じるが、野営と比べたらかなり快適に眠れるだろう。
「ありがとうございます」
ロータルが笑顔で感謝を伝えると、村長もいい笑顔のままその場を去った。そうして商隊のメンバーしかいなくなったところで、ロータルが二軒にメンバーを割り振っていく。
一応夜中に何かあった時のためにと、イーゴとカイ、フランツとマリーアとカタリーナは別の家だ。他のメンバーはロータルの指示で適当に二つに分かれることになった。
「では皆さん、今日はしっかりと休みましょう。明日は早朝から村を出ますので、早めに起きてください」
「分かった。馬車はどこに置いておく?」
「二軒の間の予定です」
フランツの問いかけにロータルが答え、フランツは問題ないと判断して頷いた。
「一応馬車には気を配っておこう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
そうして馬車を置いて二軒の空き家に入ったフランツたちは、軽く食事をしてさっそく眠りにつくことになった。野営の時に使っている寝袋や布を使っての就寝だが、屋根がある室内で寝られるということで、ほとんどの者はすぐに夢の中だ。
フランツもしばらくはなぜか感じている違和感に目を開いていたが、何も起きないことで気のせいだったのかと思い直し、明日からの仕事のため眠りに落ちた。
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