第81話 野営と冒険者の評判
見張りに向かう三人を見送りながら、イーゴとカイは視線を交わさず、小声で言葉だけを交わした。
「なあ、あの三人やばくねぇか?」
フランツの後ろ姿をじっと見つめながらそう呟いたイーゴに、カイは静かに頷く。
「相当な実力者だ。今まで組んできた冒険者の中で、確実に一番だな」
「やっぱりそうだよなぁ。俺たちに危険が及ばないって部分ではこれ以上ねぇやつらだが、あそこまで強いとやりづらい」
「俺たちのペースに巻き込むのが難しいな」
「そうなんだよなぁ」
イーゴはガシガシと頭を掻くと、大きくため息をついて言った。
「とにかく戦闘以外の部分で働くぞ。そうじゃねぇと必然的に、仕事分配で俺たちに魔物と戦う仕事が回ってきちまう」
この二人は人数指定がある護衛依頼に目を付けて、優秀だが数が足りない冒険者パーティーに声をかけ、共に仕事を受けることで稼いでいる二人だ。
依頼中は極力魔物と戦わず、安全第一で依頼をこなすことを考えており、その他の部分では積極的に働く。
よく言えば雑用を引き受けるパーティーで、悪く言えば強いパーティーに寄生して安全地帯で報酬をもらっていくパーティーだ。
ルール違反でもなければもちろん犯罪でもないが、褒められはしない方法で稼いでいる二人だった。
「野営中が勝負だな」
「おう。ただあいつらお人好しっぽいし、最悪は俺らが戦うことになっても、危険になったら助けてくれるか?」
「その気持ちは分かるが、他人に期待するのは良くない。自らを危険に晒してまで他者を助ける者など、ほとんどいないのだから。それどころか危険が迫れば、弱い俺たちが囮にされる可能性の方が高い」
「はぁ……確かにそうだなぁ。よしっ、まずは火おこしから始めるか。期待はせずにいつも通りだ」
「分かった」
そうして二人はフランツたちから視線を逸らすと、雑用をこなすために忙しく動き回り始めた。
辺りが暗くなり始めた頃。フランツたちは夕食の時間を過ごしていた。見張りである三人も交代で食事をとっていて、今はフランツの時間だ。しかしマリーアとカタリーナも、声が届く場所にはいる。
火を囲むように木の幹から作られた簡易的な椅子があり、そこに皆が腰掛けてスープと串焼き肉を口に運んだ。
「とても味が良いな。これもイーゴとカイが準備をしたのか?」
「もちろん全部俺たちだぜ。ほら、スープならまだあるぞ」
そう言って手を伸ばしたイーゴに、フランツは空になった器を渡す。
「この椅子も座り心地は悪くないし、本当に凄い」
(騎士団がする野営より物資が乏しく、さらに準備をしたのが二人だけだと考えると、騎士たちよりも野営準備という点では優秀かもしれないな)
「さすが冒険者だな……!」
フランツがキラキラと輝く瞳をイーゴとカイに向けると、二人は僅かに眉間に皺を寄せて訝しげな表情を浮かべた。
「それを言うならお前だろ」
イーゴがボソッと呟いた言葉に、フランツは首を横に振る。
「冒険者とは戦う力だけでなく、自然の中で生きていくスペシャリストなのだ。二人の方が冒険者としては素晴らしいだろう。私はもっと頑張らなければ」
本心から告げているフランツの様子に、イーゴが理解できないというように問いかけた。
「あんたは、何で冒険者をやってんだ? 相当強いだろ。そこまでの実力がありゃあ、騎士とか兵士とか警備兵とかになって、貴族のお抱えにでもなれんじゃねぇの?」
その問いかけに、今度はフランツが首を傾げて答える。
「それは、冒険者が素晴らしい職業だからに決まっているだろう? 私はずっと冒険者になりたかったのだ。冒険者となって国中を巡り、困っている者たちを助ける素晴らしい集団の一員になりたかった」
フランツが迷いなく告げた言葉にイーゴとカイは困惑しているのか、二の句を継げない様子だ。そして話が聞こえていたマリーアは呆れたように額に手のひらを当て、カタリーナは同意するように何度も頷き――
誰も言葉を発さない中で、沈黙を破ったのは商隊の代表であるロータルだった。
「はっはっはっ、フランツさんは素晴らしい冒険者ですね。実はお恥ずかしながら、私は冒険者というものをつい最近まで誤解していました。しかし、やむを得ず依頼を頼んだ冒険者が予想以上の働きをしてくれましてね、冒険者への認識が変わったのです。そこで今回も冒険者に護衛を頼んだのですが、それは間違いではなかったようですな」
そう言って上機嫌に笑うロータルに、フランツも笑顔で応じる。
「冒険者への誤解が解けて良かった。その者たちへは感謝をしなければいけないな」
「ええ、本当に。世間の噂など当てにならないものです」
「冒険者について、貶めようとする世間の噂が広がっているようだからな。これは本当に見過ごせない事態だ」
(なぜか冒険者が底辺だとかいう悪意ある嘘が広がっているのは、いつか対処をしなければ)
フランツがそう決意をしていると、ロータルが少しだけ考え込み、思い出すようにして冒険者の名前を挙げた。
「確か、アルフとベンという名前でしたよ」
その名前を聞いて、フランツとマリーアが反応する。
「アルフとベン……まさか、ハイゼの街か?」
「あの二人ね……」
「二人と知り合いなのですか? まさにハイゼの街で依頼をして受けていただきました。ちょうどハイゼから近場の村へ行く必要が発生しまして」
「そうか、あの二人ならば納得だ。とても素晴らしい冒険者であったからな」
フランツが久しぶりに聞いた知り合いの名前に口元を緩めていると、マリーアはそんなフランツをぼんやりと視点の合わない瞳で見つめていた。
「だんだんとフランツの勘違いが、事実になってきてる気がするわね……これは良いこと、よね?」
見張りであるマリーアの呟きは、誰の耳にも入らず暗くなった空へと消える。
そうして野営の夜は表面的にはとても楽しく、一部の者たちは困惑しつつ、穏やかに過ぎていった。
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