第80話 魔物討伐と違和感

 まだゴブリンを倒し切れていないタイミングでの、別の場所への魔物襲撃。どう動くのか判断が遅れれば全体が崩れる可能性もある事態に、フランツは一瞬だけ悩んだが、すぐに方針を決めた。


 前方の監視はゴブリンと戦いながらでもできると判断し、監視を除けば手が空いているイーゴにカイの援護を頼もうと思ったのだ。


 しかしフランツが口を開きかけたその瞬間、一足先にイーゴが叫んだ。


「こちら側は、他に魔物はいねぇみたいだ! ゴブリンがあと数匹なら俺だけで対処できるから、三人は後ろに行ってくれ!」


 現在ゴブリンと戦っているフランツたちとイーゴが交代をして、フランツたちがカイの援護へ向かう。イーゴがカイの下へ向かうのと比べて少し面倒なその提案に、フランツは僅かな違和感を覚えた。


 しかし後方を襲っている魔物の種類や数が分からない以上、フランツたちが向かう方が安全であるという考え方もまた正しい選択であるため、僅かな逡巡のみですぐに頷いた。


「分かった。ではゴブリンの残党狩りは頼んだぞ」

「ああ、任せとけ!」


 今まで御者席から降りていなかったイーゴは大剣を抜くと、ゴブリンに向かって飛び降りた。その身のこなしは冒険者として一般的なもので、フランツはこれなら問題なさそうだとイーゴから視線を逸らす。


「マリーア、カタリーナ、カイの応援に向かうぞ!」

「分かったわ」

「もちろんです」


 そうして三人が向かった隊列後方では、こちらもゴブリンの群れが馬車から少し離れたところで虎視眈々と商隊を狙っていた。


 後方の方が数は少なく全部で七匹だが、カイは遠距離からの牽制に留め、仕留めるためには動いていないようだ。


「カイ、援護にきた」

「ありがとう。では俺はまた監視に戻る。他にも魔物がいる可能性があるからな」


 カイのその言葉にフランツは頷きながら、ゴブリンの群れに向かって駆け出した。カタリーナもその後に続き、マリーアは二人だけで十分だと思ったのか、軽く杖を持って二人の戦いを見守るだけだ。


 それから数十秒で、ゴブリンは一匹残らず息絶えた。


「二人ともお疲れ様」


 マリーアが声をかけると、返り血一つ浴びていない二人が振り返る。


「ゴブリンだけで良かったな。群れが別れて前方と後方を襲ってきたのだろう」


(魔法を使うゴブリンはいなく、連携もほとんどできていない様子だったことから、大きなゴブリンの巣がある可能性は極めて低い)


 フランツが周囲を確認しながらそう考えていると、他の魔物を警戒していたカイが三人の下にやって来た。


「他に魔物は見当たらなかった」

「分かったわ。ではゴブリンを埋めてから出発しましょう。ゴブリンじゃ解体しても碌な素材はないから、そのままで良いでしょう」


 カタリーナがカイの言葉に答えると、カイは頷いてスコップを取りに向かおうとする。しかしそれをフランツが止めた。


「それには及ばない。私が土魔法ですぐに穴は作れる。このようにな」


 街道から少し離れた場所に向かってフランツが手をかざすと、その数秒後には一部の地面が深く下がって、逆にその周囲の地面が持ち上がった。


「あの穴にゴブリンを埋めよう」


 何気なくフランツは土魔法を行使したが、これは相当に高度な使い方だ。カイは瞳を丸く見開くと、しばらく固まってから頷いた。


「わ、分かった。ゴブリンを運ぶのは俺がやろう」

「そうか。ではよろしく頼む。私はイーゴの方にも穴を作ってくる」


 そうしてフランツの魔法によってゴブリンはすぐに埋められ、商隊は魔物に襲われたにしては最速でその場を離れることができた。


 フランツたち冒険者五人は、持ち場に戻って各自の役割を続行だ。



 それから数日が経過し、商隊は大きな問題なく予定通りの日程を進んでいた。今日は泊まれるようなちょうど良い街や村がなく、山に入る直前の場所で野営だ。


 今回の護衛依頼で初の野営に、フランツたち冒険者五人は話し合いのために集まった。


「野営中の見張り役などを決めておきたい」


 フランツが話を切り出すと、まず口を開いたのはイーゴだ。


「そうだな。後は見張りの他に野営準備も手伝いたいんだがいいか? 今までの経験上、商隊に任せておくと手間取るんだよなぁ。火おこしとか簡単な料理、寝床の確保、見張り場所の確保なんかは、冒険者がやった方が早い。今回の商隊はいつもの護衛がいないだろ? だから尚更だ」

「いつもはその役割を護衛が担っているということか?」


 フランツの問いかけに、イーゴが頭を掻きながら頷いた。


「ああ、そうだ。資金が潤沢な商隊の方が珍しいからな。使用人みたいなやつを同行させてる商隊なんてほとんどない。大体は護衛が兼任してたりする」

「そうなのだな」


 イーゴの説明にフランツは感心しつつ、内心で悔しさを感じていた。フランツは騎士団長としての職務中に野営をすることは何度もあったが、その準備等は部下の仕事であり、イーゴがあげた諸々のスキルを持ち合わせていないのだ。


 侯爵家の令嬢であるカタリーナも同様であることが予想され、フランツがマリーアに視線を向けようとした時、イーゴがまた口を開いた。


「俺らはその辺の準備は慣れてるから、もしよければ引き受けるぜ。その代わりに見張りを頼むことになるが」

「俺としても問題ない」


 カイも頷いて同意したことで、フランツはありがたくその提案に乗ることにした。


「それは助かる。では見張りの方はこちらに任せてくれ。その他の仕事は任せたい」

「分かったぜ。じゃあ、こっちのことは任せとけ」

「よろしく頼む」


 そうして五人での話し合いは早々に終わり、フランツ、マリーア、カタリーナの三人は見張りをするために野営場所の周囲へ散った。

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