第77話 次の行き先

「竜族だからこその特徴があるのかを、聞かせてくれないか? 例えば私を助けてくれた時には羽を出して空を飛んでいたが、他にも体を変化させられるのだろうか。……答えにくければ答えなくとも良いが」


 フランツがマリーアの反応を窺う仕草を見せると、マリーアはカラッとした笑みを浮かべて口を開いた。


「基本的になんでも答えるわよ。そうね、まず他に変化はできないわ。というよりも、わたしはできないって方が正しいわね。獣人が持つ獣の特徴の程度に差があるように、竜族でも体を変化させられる程度には差があるのよ。わたしは羽を出せるだけだけど、人によっては鋭い爪を出せたり、尻尾を出せたり、全身を竜に変化させられる人も稀にいるわ」


 マリーアの口から説明される貴重な情報の数々に、フランツとカタリーナは無意識のうちに息を呑んだ。しかしマリーアにとっては当たり前のことだ。なんてことはないように、軽い調子で説明が続いていく。


「竜族だからこその特徴は、風魔法を高いレベルで操れることと、とにかく目がいいことぐらいね。体力や腕力、聴力、気配察知なんかの能力も、人間より平均的に優れてるはずなんだけど……」


 そこで言葉を切ったマリーアは、胡乱な眼差しをフランツに向けた。


「あんたと一緒にいたら、本当に優れてるのか疑問になってきたのよね。だってわたしよりも、基本的にフランツの方が全てにおいて上なんだもの。特にわたしは竜族の中でも魔物の気配に敏感なのよ。でもフランツ、わたしが全く気づいてない魔物に気づいたりしてるでしょ?」

「……そうだろうか。あまり意識したことがなかったな」


 眉間に皺を寄せて今までのことを思い出そうとするフランツに、マリーアがビシッと指を突きつけた。


「そうやって悩むところが何よりの証拠よ! わたしの方が先に気づいて魔物の居場所を教えてたら、記憶に残ってるはずでしょ?」

「確かに、いつも私が先に気づいているかもしれないな」

「でしょ? それだけじゃなくて体力面だって、わたしがフランツに付いていくのがやっとのこともあるし、風魔法もわたしと同等。竜族と同等の風魔法って、かなり常識外れよ」


 そこでマリーアが言葉を切ると、カタリーナが綺麗な微笑みを浮かべて告げた。


「それは当然よ。フランツ様は帝国の英雄なのだから」

「……そうなのよね。フランツが英雄」


 ポツリと呟いたマリーアはフランツをじっと見つめ、大きくため息を吐いてからまた言葉を溢す。


「確かに優秀さだけなら英雄でも全くおかしくないほどに規格外だけど、どうしてもフランツが英雄だと思えないのよね……いや、実際に英雄だってことは分かってるんだけど、こう、イメージと違うというか」


 微妙そうな表情でそう言ったマリーアに、フランツが問いかけた。


「世間で私のイメージはどのようになっているのだ?」

「そうね……凄く強くて、皆に優しくて、正義感にあふれていて、カッコよくて」


 列挙しながら少しずつ首を傾げていくマリーアに、カタリーナが突っ込む。


「それ、全てフランツ様に当てはまるわ」

「……そうね。わたしも今そのことに気づいたけど……要素は全部合ってるのに、何故かイメージと違うのよね」


 頭を抱えてしまったマリーアにフランツも首を傾げていると、カタリーナが少しだけ自慢するような表情で、フランツを手のひらで示しながら告げた。


「フランツ様は私たちの様な普通の人間と、少し違うステージにおられるのよ。それがマリーアの違和感の原因ではないかしら」


 マリーアはその言葉に顔を上げて、カタリーナをジトっと見つめる。


「言ってることは分かるけど、あんたが普通の人間ってところには突っ込んでいいわよね?」

「え、私は普通の令嬢よ?」


 こてんっと可愛らしく小首を傾げたカタリーナに、マリーアは胡乱げな眼差しを向けた。


「あんたのどこが普通なのよ。深窓の令嬢ですって顔して、魔物を殴り殺すのよ? そんな令嬢探したっていないわよ」

「……おほほほほ」


 誤魔化す様に口元を手で隠して視線を逸らしたカタリーナに、マリーアは疲れた様に机に突っ伏す。


「はぁ、なんでわたしの周りには常識外れの人ばっかりなのよ。普通なのはわたしぐらいじゃない」

「……竜族は普通なのかしら」


 今度はカタリーナがマリーアの言葉に突っ込み、マリーアは少しだけ顔を上げてから、ゆっくりと視線を逸らした。


 突然ガバッと姿勢を正すと、話を変えるように鍋を覗き込む。


「さあ、早く食べましょ! そろそろ食べ頃じゃない」


 あからさまな話題転換だが、お腹も空いてきていたところだったので、フランツが苦笑しつつレードルを手に取った。


「私が取り分けよう」

「ありがとね。あっ、わたしその海老を食べたい」

「フランツ様、私は野菜を中心にお願いいたします。魚介は貝類を中心に」

「分かった」


 それからしばらくは美味しい鍋を堪能し、全員のお腹が満たされたところで、カタリーナがそういえばと話を切り出した。


「これからどうするのですか? この街は出るのでしょうか」

「私としては移動したいと思っているのだが、二人はどうだ?」


 フランツの問いかけに二人が頷き、また街を移動することは決定だ。


「どこに行くのか決めてるの?」

「いや、明確には決めていない。しかしそろそろヴォルシュナー公国から出て、別の公国に向かいたいとは思っている。そうだな……ここリウネルからならば、北に向かった先にあるトレンメル公国はどうだろうか」


 シュトール帝国は中央に帝都があり、その周辺の土地は皇家直轄領だ。そしてその周りには、五枚の花弁があるように五つの公国がある形となっている。


 現在フランツたちがいるのは南西に位置している、ヴォルシュナー公国。そこから北に向かうとあるのが、トレンメル公国だ。


 ちなみにフランツの生家であるバルシュミーデ公爵家が治めるバルシュミーデ公国は、トレンメル公国の北東。つまり帝国の北側にある。


 帝国が海に面しているのは西側のみなので、ヴォルシュナー公国とトレンメル公国の二つだけが海を持ち、トレンメル公国は五つの公国の中で唯一他国に面しておらず、比較的平和な場所だ。


「わたしは別にいいわよ。カタリーナは大丈夫なの?」

「ええ、問題ないわ。ではトレンメル公国に向かいましょう」

「ではさっそく明日、ギルドで護衛依頼を探そう」


 楽しげな笑顔でそう言ったフランツに、カタリーナは笑顔ですぐに頷き、マリーアは嫌な予感を覚えたのか少しだけ眉間に皺を寄せながらも、ゆっくりと頷いた。

 これで明日からの予定は決定だ。


 それからも久しぶりに再会した三人の会話は弾み、店を移動しながら、夜が完全に更けるまで楽しい時間は続いた。







〜あとがき〜

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。これにて第4章は終わりとなり、次話からは第5章トレンメル公国編に入ります!


数週間以内には第5章の投稿を始めますので、引き続きフランツたちの冒険を楽しんでいただけたら嬉しいです。


もしよろしければ、評価やコメント等もよろしくお願いいたします。とても励みになります!


いつもコメントなどくださる皆様は、本当に本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします!


蒼井美紗

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