第76話 竜族について

 レオナはギルドを出たところでフランツたち三人と分かれ、三人は夕暮れ時の大通りを横並びで歩いた。


「そういえば、正式な仲間となるなら呼び方を定めないといけないな。カタリーナと呼び捨てで良いのか?」


 フランツがふと思い出したように、そう問いかける。


「はい、それでよろしくお願いいたします。私はフランツさんとお呼びした方が良いのかもしれませんが……フランツ様ではダメでしょうか。どうしてもフランツ様に敬称をつけないことに、違和感が大きくて……」


 カタリーナがフランツの顔色を窺うようにそう告げると、フランツは少しだけ考え込んだ。


「できれば普通の冒険者として活動を続けたいのだが……一般的に、仲間に敬称をつけて呼ぶことはあるのだろうか?」


 すぐにダメだと断じられなかったことで、カタリーナは瞳に期待の色を乗せる。


「一般的ではないかもしれませんが、そのような方たちも少数はいると思います」

「そうか……」


 まだフランツが躊躇っている様子を見て、カタリーナは意を決した様子で、突然フランツの腕にギュッと抱きついた。


「わ、私の王子様なんです……! という感じならば、周囲に不思議がられることもないかと存じますっ」


 恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして早口になったカタリーナは、フランツの腕をパッと離して少しだけ歩く速度を遅くする。


 するとフランツの後ろに下がったカタリーナに対して、マリーアが振り向いて揶揄うように眉を上げた。


 そんなマリーアにカタリーナは恥ずかしさを誤魔化すためなのか、真っ赤な顔で突っかかっていき、二人がわあわあと話を始める。

 その横で真面目に考え込んでいたフランツは、しばらくしてピタッと足を止めると口を開いた。


「確かに問題ないかもしれないな。それに身分を隠しているのは普通に冒険者をやりたいという理由だけで、そのために不便を強要するのも違うだろう」


 その言葉に、カタリーナがまだ少し赤い顔で感謝を告げた。


「フランツ様、ありがとうございます。では私は、フランツ様と呼ばせていただきます」

「ああ、そうしてくれ……って、顔が赤いけど大丈夫か? 体調でも悪いのではないか?」


 先ほどのカタリーナの行動に全く心が揺れ動いていないフランツは不思議そうに首を傾げ、そんなフランツの様子に……カタリーナは少しだけ不満そうな寂しそうな、複雑な表情を浮かべる。


 それを見たマリーアが、フランツの背中を強めに叩いた。


「あんた優秀なんだから、ちょっとは乙女心を学びなさい!」

「ちょっ……マリーア強いぞっ」

「マリーア、良いのよ。――フランツ様はそのままでとても魅力的ですから、気になさらないでください。顔が赤いのは、私の修行が足りないせいですわ」

「そうか。ではこれからは、共に鍛錬をしよう」


 爽やかな笑みを浮かべたフランツの的外れな提案に、カタリーナは瞳を輝かせた。


「フランツ様の鍛錬に参加させていただけるのですか!」

「もちろんだ。仲間なのだからな」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 心から嬉しそうな笑みを浮かべたカタリーナに、マリーアは疲れたような表情でため息を吐くと、二人の背中を同時に押した。


「ほらほら、早く行くわよ。わたしはお腹が空いたから、まずは夜ご飯ね」

「そうだな。時間的にも夕食の時間だろう。――マリーア、できれば個室にしないか? そこでマリーアの種族についての話をちゃんと聞きたい。戦場では碌に話せなかったからな」


 振り返ったフランツの真剣な瞳に、マリーアは口元を緩ませながら頷く。


「分かったわ。あんたにも全部話すわね」

「ありがとう。もうカタリーナとは話をしたのか?」

「そうね……大体は話したけど、詳細はフランツが来てからってことになってたの」

「そうだったのか。では、よろしく頼む」


 それから三人は近くにあった鍋料理専門店に入り、個室で席に着いた。料理を頼んで運ばれてきてから、鍋が煮込まれるのを待つ間に話をする。


「それで改めての確認だが、マリーアは竜族なんだな?」

「ええ、そうよ」


 瞳を輝かせながら鍋の中を覗き込んでいたマリーアは、表情を引き締めてしっかりと頷いた。


「なぜこの国で冒険者をしているのか、聞いても良いのだろうか」

「もちろんよ。まず……竜族って人間側の認識だと怖い存在だと思うけど、実際はそんなことないのよ。一部には昔の恨みを忘れないって人間を恨んでる人たちもいるけど、大多数はそろそろ人間とも交流できたらって考えてる。でもそのきっかけがなくて、現状維持になってるの。竜族って……マイペースな人が多いのよね」


 竜族の仲間を思い出しているのか、柔らかい表情で口元を緩めたマリーアに、フランツも口角を上げた。


「それは朗報だな」

「ええ、そう思うわ。そんな状況だから竜族の国にも人間に関する情報はたまに入ってきて、わたしはそれを聞いて人間の国を旅してみようって思ったの。シュトール帝国を選んだのは、本当に偶然ね」

「マリーアは竜族の国に戻ろうと思っているの?」


 次に口を開いたのはカタリーナだ。カタリーナは皆で一つの鍋を囲むという形が珍しくて楽しいのか、取り分け用のレードルで無駄に鍋の中身をかき回しながら会話に参加した。


「そうね……短期で里帰りはするかもしれないけど、今のところ完全に戻るつもりはあんまりないわね。わたしって竜族の国にいると結構なせっかちだって言われるのよ。人間の中にいた方が心地いいの」

「マリーアでせっかちなのか? 竜族はのんびりとした種族なのだな」

「でも寿命は、人間とあまり変わらないのではなかったかしら?」


 竜族や獣人など、人間以外の種族の寿命については諸説あるが、シュトール帝国では概ね人間と変わらないとされている。

 しかし争いが激しかった過去の記録であるため、詳しいことは分かっていない。


「寿命……人間って長生きして八十歳ぐらいだった?」

「いや、今はもう少し伸びて百歳ほどまで生きる稀有な者もいる。しかし長寿と言われるのはやはり八十ほどで、平均寿命は六十代後半だ」

「それだと、竜族の方が長いわね。竜族は長命だと百五十ぐらいまでは生きて、平均が百二十ぐらいだと思うわ」


 その言葉を聞いた二人は、驚きに瞳を見開いた。今まで詳細が分からなかった竜族の寿命が判明したのは、竜族研究を行う者たちにしてみれば、貴重な情報だ。


 他種族や生命の起源などを調べている者たちにとっても、瞳を輝かせるような情報だろう。


「そんなにも違うのだな」

「そんなに違う? まあ確かに、平均寿命は倍だものね」

「数十年の差は大きいわ。――マリーア、この情報は私たちが上に報告しても良いのかしら。マリーアからこれからも貴重な情報を聞くかもしれないけれど、私たちの胸の中にしまっておいた方が良い?」


 鍋をかき混ぜていたレードルを置いて真剣な表情で問いかけたカタリーナに、マリーアも居住いを正すと少しだけ悩みながら口を開いた。


「……それは二人が判断してくれる? わたしは絶対に竜族だってことを隠したいんじゃなくて、今まで通りに暮らしたいってだけだから。それが守られるなら後は任せるわ」


 そう言ったマリーアは悪戯っぽい笑みを浮かべ、カタリーナとフランツの二人に交互に視線を向けた。


「公国の公子様と侯爵家のご令嬢なら、わたしよりもその辺の事情には詳しいでしょ?」


 その言葉に二人は苦笑を浮かべつつ、仕方ないなと口を開く。


「分かったわ。私たちに任せなさい」

「マリーアには影響がないよう、こちらで判断して情報を扱おう」

「よろしくね。じゃあ二人とも、何でも聞いていいわよ!」


 途端に楽しげな表情になったマリーアに、フランツは苦笑を浮かべたまま、さらに問いかけた。

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