第74話 皇帝陛下とフランツ

 シュトール帝国に帰還したフランツたち少数部隊は、そのまま帝都に向かい、そこからは怒涛の日々だった。

 まずはザイフェルト公爵の証言と証拠によりヴォルシュナー公爵の罪が明らかになり、騎士団には公爵の捕縛命令が出された。


 その罪状は、国家反逆罪だ。


 フランツ自らが騎士たちを率いてヴォルシュナー公国にある公爵邸へと向かったのだが、ヴォルシュナー公爵は観念したかのようにほとんど抵抗を見せず、罪人となった。


 シュトール帝国を支える五公国の一つであるヴォルシュナー公国。そのトップが捕えられたことは帝国に衝撃を与え、特にヴォルシュナー公爵家の今後については帝都で連日のように会議が開かれた。


 そこで決まったのは、ヴォルシュナー公爵家の縁戚にあたる優秀な子息が、公爵位を継ぐことだ。しかし、しばらくヴォルシュナー公爵家にはさまざまな枷が課せられることになったため、今までのような権力は維持できないだろう。

 ヴォルシュナー公国は、しばらく安定しないことが予想される。


 またサヴォワ王国との戦後処理も速やかに進み、こちらはヴォルシュナー公爵の関与が明らかになっていることから、比較的軽い賠償金などをシュトール帝国が受け取るのみで、解決となった。


 そのためザイフェルト公爵は保釈されたが、国に戻ってからどのような地位に就けるのかは――シュトール帝国が関与するところではない。



「フランツ・バルシュミーデ第一騎士団長、此度の働き、実に立派であった。貴殿のおかげで我が国に巣食っていた悪は裁かれ、隣国による脅威からも守られた。心からの感謝を伝えよう」


 シュトール帝国の帝都にある王宮の一室にて、フランツは皇帝陛下と対面していた。謁見の間ではなく応接室で、中にいるのは皇帝とフランツの他にごく少数だ。


 皇帝の後ろには宰相が控え、フランツの後ろにはイザークがいる。


「ありがたき幸せにございます。私の願いはシュトール帝国の安寧と繁栄。そのために尽力できること、大変嬉しく思っております」

「貴殿のような男がそう言ってくれること、本当に心強い。そして休暇中であったのにも拘らず、仕事をさせてしまい申し訳なかった」

「いえ、帝国の危機とあらば当然のことです」


 真剣な眼差しで一切の迷いなくそう告げるフランツに、皇帝は尊敬の眼差しを向けた。


「フランツ団長は本当に凄いな。冒険者としての活躍も聞いているぞ。最初はなぜ冒険者に……と不思議に思ってしまったが、今ではそんな自分を恥じている。やはり貴殿の行動には全て意味があるのだな」

 

 機嫌が良い様子でそう言った皇帝に、フランツは僅かに困惑を露わにしたが、そんなフランツには気づかず皇帝は話を続ける。


「冒険者の意識改革と全体的な能力の底上げ、そして冒険者だからこそ暴けた貴族の本性、騎士では目の行き届かない場所の安全確保、さらには獣人との橋渡しまで――」

「とても素晴らしい活躍です」


 宰相も皇帝に同意するよう大きく頷き、フランツは僅かに眉間に皺を寄せて口を開いた。


「……陛下、宰相様。何かを勘違いをされているようですが――私は冒険者という素晴らしい職業にどうしても就いてみたい、その一員になりたいという一心で休暇をいただきました」


 フランツの素直な心の内を聞いた皇帝は、言葉の意味を図りかねたのか僅かに固まり、フランツにも聞こえない小さな声音で呟く。


「冒険者が、素晴らしい? 確かに――底辺を救済するという冒険者を創設した目的は、素晴らしいと言えるかもしれないな」


 少しだけ悩みを見せたが、言葉の意味を自分なりに理解した陛下は納得の様子で何度か頷き、良い笑顔で告げた。


「冒険者とは、素晴らしいだろう?」


 その言葉を聞いて、フランツは途端に瞳を輝かせる。


「陛下もそう思われますか! 冒険者とは本当に素晴らしい(者たちな)のです。私は実際に冒険者として仕事をする中で、それをより深く実感しております」

「そうかそうか、それは何よりだ。私も帝国の皇帝として冒険者(という制度)は素晴らしいと思っている。フランツ団長のおかげで、より良いものになるだろう」

「冒険者としての私を認めていただけるのですね……! 休暇とはいえ団長の任を預かる者として、冒険者として恥じぬよう活動していきます」

「うむ、頼んだぞ」


 二人の噛み合ってるようで噛み合っていない奇跡的な会話を聞いて、フランツの背後に控えるイザークは虚空を見つめていた。


 皇帝の後ろに控える宰相はフランツに尊敬の眼差しを向けていて、この部屋の中でイザークだけが異質な雰囲気を放っている。

 

 フランツと皇帝による奇跡的な会話はしばらく続き、会話が途切れたところでフランツが居住まいを正した。


「では陛下、私はまた冒険者に戻りますが、また何かありましたらいつでもお呼びください」

「ああ、分かった。フランツ団長のような者が我が国にいること、とても心強く思う」


 それからフランツは退室の挨拶済ませ、イザークと共に部屋を後にした。


 応接室から少し離れて周囲に声が響かなくなったところで、フランツはイザークに機嫌の良さそうな視線を向ける。


「イザーク、やはり陛下は話が分かるお方だな。そして休暇中の身である私の近況にも気を配ってくださっているとは、本当にありがたい」

「……気を配っているというより、強制的に耳に入ってくるんじゃ」

「ん? 何か言ったか?」


 ボソッと呟かれたイザークの言葉はフランツの耳には届かず、イザークは切り替えるように頭を振ると顔を上げた。


「いえ、なんでもないです。団長はこれからリウネルに戻るんですか?」

「そのつもりだ。またしばらく第一騎士団をよろしく頼む。何かあったら連絡をしてくれ」

「はい。団長も何かあったら連絡を……していただきたいですが、できる限り何もない平和な冒険者生活をお送りください」


 フランツはイザークに視線を向けると爽やかな笑みを浮かべ、頷いて見せる。


「分かった」


 そんなフランツにイザークは疑いの目を向けつつ、二人は王宮の通用口を通った。ここからフランツは王宮を出てリウネルに向かい、イザークは通常業務だ。


「ではイザーク、またな」

「はい。第一騎士団はお任せください」

「ああ、イザークならば大丈夫だと信じている」


 何の疑いもない瞳でフランツが告げた言葉に、イザークが若干照れた様子を見せていると、フランツは足早に王宮を出て行った。


「団長、もう厄介ごとを引き寄せなきゃいいけど」


 ポツリと呟かれたイザークの言葉は、誰の耳にも入らず宙に消えた。

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