第73話 戦争終結

 未だ宮殿内には入っていないため、フランツたちは騎乗したままで敵は歩兵だ。その状態では圧倒的にフランツたちが有利となり、敵は次々と蹴散らされていった。


 焦りからか連携の取れていない敵の攻撃は、防ぐのも容易い。魔法攻撃も断続的に放たれるのみで、フランツが手を出さずとも他の騎士たちで十分に対処ができていた。


 フランツたちの部隊は王宮内をどんどん先へ進み、ついに宮殿の入り口に到着する。そこでフランツはこの部隊の中でもさらに少数の精鋭を選び、馬を降りた。


「エーリヒ、ここは任せた。馬を守れ。敵は襲ってきた者だけを蹴散らせば良い」

「はっ、お任せください!」


 エーリヒにこの場を任せ、フランツはイザークと半分程度の騎士を連れ、宮殿内に入る。


「ザイフェルト公の居場所を探すぞ!」

「はっ!」


 それからフランツたちは闇魔法を駆使して、宮殿内を駆け回りながらザイフェルト公爵の居場所を探した。


 闇魔法には周辺の様子を目に見えない場所まで探知できる魔法があり、フランツと一人の闇属性を得意とする騎士が魔法を用いて王宮内を探っていく。


 よほど闇魔法の練度が高い者でなければ人探しなど到底不可能であるが、この二人はそれが可能なほどに優秀だった。

 ザイフェルト公爵は確実に着飾り、周囲に多くの護衛を置いている。そのことを前提に、公爵らしき気配を探っていく。


「もう一つ上か?」

「はい。この階にはそれらしき気配がありません」

「では上に行きましょう」


 フランツの問いかけに共に魔法を用いている騎士が答え、イザークが階段を示した。


「皆、もう一つ上へ!」

「はっ!」


 敵の動きも活発化しているが、帝国の精鋭であるフランツたちを足止めするほどの武力を集められてはいないようで、勢いは止まらない。


 飛んでくる魔法や武器を相殺し、時には叩き落とし、こちらからも攻撃を飛ばして敵を無力化する。


 それからしばらく――ついにフランツの魔法に、気になる気配が引っかかった。


「止まれっ」


 短く告げたフランツの言葉に、騎士たちは静かにその場で停止した。そしてフランツが示したのは、廊下を少し進んだ先にある豪華な扉だ。


「あの中に複数人が息を潜めている。部屋の奥で一人を守るような陣形だ。数は……全部で二十ほど」


 詳細な室内の様子を口にしたフランツに、フランツの優秀さには慣れている騎士たちでも少しだけ驚きを露わにした。

 闇魔法による探知で大まかな人数や陣形まで分かるのは、それほどに規格外な実力なのだ。


「正面から突撃しますか?」


 イザークの問いかけにフランツはしっかりと頷き、他の騎士たちも心得たと伝えるように頷いてみせる。


「――行くぞっ!」


 フランツの掛け声に従い、騎士たちは一斉に硬い床を蹴った。周囲でなんとか足止めをしようとする敵はやはり連携が取れておらず、片腕や片足に包帯を巻いている者も多数で、先頭の騎士たちによって素早く無力化される。


 そうして辿り着いた豪華な扉には鍵がかけられていたが――そんな扉を、一人の騎士が思いっきり蹴り飛ばした。

 すると鍵が掛けられているだろう部分が酷く歪み、扉がバタンッッと音を立てて開かれる。


 フランツたちの視界に映ったのは、抜剣した精鋭であることが窺える多数の騎士と、その騎士に守られるようにしてこちらを睨みつける一人の男だ。


 その男は明らかに豪華なマントを羽織っており、一目でザイフェルト公爵だろうと判断ができる。


 それを確認したところで、フランツはツカツカと先頭に立った。そして宣言する。


「シャトール帝国貴族、フランツ・バルシュミーデだ! 我が国への此度の宣戦布告により、サヴォワ王国は帝国の完全なる敵国であると判断された! サヴォワ王国の実質的な支配者であるザイフェルト公の身柄を確保させてもらう!」


 その宣言を聞いたザイフェルト公爵は……ギリッと歯軋りをしてから、フランツを呪い殺すように睨みつけた。そして怒りの籠った声で告げる。


「なぜ、なぜお前らがここにいる……! 戦争は小競り合い程度で終わりになるのではなかったのか!? 私はこんなこと聞いていないぞ!」


 ザイフェルト公爵のその叫びを聞いて、フランツは確信した。


(私の仮説は外れていなかったようだな。この様子ではザイフェルト公爵が帝国と繋がっているのは明白。そして諸々の証拠や状況から、その相手はヴォルシュナー公爵である可能性が高い。後は確実な証拠があれば――)


「確保しろ!」

「はっ!」

「お前たち、敵を殺せ! 皆殺しにするんだっ!!」

「は、はいっ!」


 フランツとザイフェルト公爵によって、それぞれの騎士たちがぶつかった。剣戟の音が激しく響き渡り、魔法がぶつかり合う爆発音や破壊音も次々と発生する。


 狭い室内は、一瞬で戦場となった。


 テーブルが吹き飛び、ガラスが割れ、壁に穴が開く。床に敷かれた絨毯は燃えて、人が倒れるたびに足の踏み場がなくなっていった。

 そんな中でフランツは、先頭で次々と敵を切り伏せていく。


 戦闘は、すぐに決着を迎えた。


 立っているのはフランツとその部下十数名、そしてザイフェルト公爵その人だけだ。


「……ひっ、く、来るな!」


 フランツが一歩前に出ると、ザイフェルト公爵は震えながら後退った。しかしすぐに背中は壁にぶつかり、それ以上は逃げることができない。


 そんな公爵にツカツカと歩み寄ったフランツは、静かな声で告げた。


「貴様がザイフェルト公で合っているな? 嘘を言えば命の保証はしない」

「……あ、ああ、私がザイフェルトだ。こ、公爵位を持っている。ただ、誤解なんだ! 宣戦布告を企んだのは私じゃない! 帝国のヴォルシュナー公爵だ! あいつに私は唆されたんだ! 騙されたんだ!」


 ザイフェルト公爵は恐怖からパニック状態に陥っているようで、首を横に振りながら必死に言葉を紡いだ。


(自ら喋ってくれるとは、ありがたいな)


「……ほう、ヴォルシュナー公爵が?」


 フランツは初めて聞いたというように少しだけ驚いてみせ、さらにその情報を疑うように片眉を上げた。するとザイフェルト公爵は必死になり、さらに言葉を続ける。


「本当なんだ! 信じてくれ! そ、そうだ。ヴォルシュナー公爵からの手紙や、流してもらってた武具に関する記録も残っている!」


 証拠が残っているという言葉にフランツは内心で口角を上げたが、表情は厳しいままゆっくりと頷いた。


「……分かった。では帝国でその旨を弁明すれば良い。戦後処理で考慮されるだろう」


 それからフランツはと念を押した上でザイフェルト公爵の確保を騎士に命じ、公爵は自らの待遇が酷いものにならない予感に素直に従った。


 さらにフランツから申し入れた停戦を受け入れ、歪な形で始まった戦争は終結となる。


「イザーク、ヴォルシュナー公爵との繋がりを示す証拠は全て確保しろ。それが終わり次第、速やかに帝国へと帰還する」

「かしこまりました」

「またサヴォワ王国側の臨時の代表者も把握しておきたい。交渉相手を明確にしたいからな」

「はい。では諸々の手配を早急に行います。そしてエーリヒたちと合流しましょう」

「頼んだぞ。――停戦を決めたとはいえ、ここはまだ敵の中心地だ。気は抜かないようにと皆に伝えてくれ」


 そうしてフランツたちは素早くサヴォワ王国の王宮内で動き回り、その日のうちにシュトール帝国に向けて王宮を後にした。

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