第69話 危機一髪と裏切り者
ほぼ無意識のうちに丘から飛び出したマリーアは、自身の能力を最大限に発揮して空を飛びながら、怪しい男にじっと視線を向けていた。
その男がナイフを手に取り、周囲に隠れてそれを構え、フランツに向かって――投げた。
それを確認した瞬間、マリーアは必死に飛びながら風魔法を操った。まだ魔法が僅かに届かない距離だったが、手を伸ばして必死に前へと飛び、放った風魔法は――
フランツにナイフが突き刺さるギリギリで、ナイフを地面に叩き落とした。
「よ、良かった……」
マリーアはフランツを助けられたことに安堵し、ぐるっと宙返りをするようにして速度を緩めると、フランツの近くに着地する。
しかしそこでマリーアは、やっと自分がやらかしたことに気づいた。
(必死だったから無意識で飛んでたけど――大勢の前で竜族ってことを明かしちゃったんじゃない!?)
マリーアは慌てて羽を仕舞うが、服に開いた大きな穴は隠しようもなく、さらに空を飛ぶ様子を見ていた騎士が大勢いるため、到底誤魔化すことはできないだろう。
その事実にマリーアが顔色を悪くしていると、敵の男を突き飛ばしたフランツが素早く後ろを振り返った。
振り返ったフランツが見たのは地面に落ちる小ぶりなナイフと、慌てて顔色を悪くするマリーアだった。戦闘中に視界の端に映っていた空を飛ぶマリーアの姿から、フランツは現状を正確に把握する。
(マリーアが何故ここにいるのか分からないが、マリーアは竜族で、その正体を明かしてでも私を助けてくれたということだな)
フランツはマリーアに笑顔で声を掛けた。
「マリーア、助かった! 私はあの男を倒すから、背中を守ってくれないか!」
そう声を掛けられたマリーアは、焦った青白い表情を苦笑に変化させると、口角を上げて頷く。
「分かったわ。わたしに任せなさい!」
そうして二人は、背中合わせで戦場に立った。フランツは敵の男を、マリーアは味方にいるフランツを狙う輩を警戒し、また戦闘が再開される。
フランツは早々に敵の男を倒すため、馬から身軽に飛び降り敵に向かって飛び込んだ。フランツが蹴った地面にはくっきりと足跡が付き、砂埃も舞っている。
敵を馬から落とした今、普通ならば自分だけが馬上にいるという利点を活かすのだが、フランツは確実性よりも素早く倒せる方を選んだのだ。
フランツは騎乗戦もお手のものではあるが、やはり自らの足で動く方が得意であり、愛剣のリーチが長いものではないこともあり、馬から落ちた敵を倒すには適していない。
敵の男が横に振るう大剣を屈むようにして避けたフランツは、敵の懐に潜り込むとすれ違い様に脇腹を切り裂いた。
男の呻き声と共に鮮血が宙を舞う中で、タンっと身軽に地面を蹴って振り返ると、その勢いのまま追撃をする。
剣身の面の部分で、思いっきり頭を横から殴られた敵の男は――
「ガハッ……ッ」
肺に入っていた空気を全て吐き出すような声を上げ、白目を剥いて力なくその場に倒れた。脇腹の傷と脳の揺れによって、意識を失ったようだ。
そうして敵の男を完全に無力化したところで、フランツは素早くマリーアがいるだろう方向を振り返った。
そこでは味方の隊列が少し崩れ、マリーアの足元に一人の兵士が転がっている。その兵士がフランツを殺そうとした者なのだろう。
フランツはサヴォワ王国の軍勢が戦意を失い始めていることを確認してから、マリーアの下に向かった。するとそこにはイザークとエーリヒもやって来て、フランツが一番に声を掛ける。
「マリーア、その兵士が私を殺そうとした者か?」
「そうよ。なんとか不意を突いて捕らえたんだけど……その後すぐに倒れちゃって」
僅かに顔色が悪いマリーアの言葉を聞き、フランツは地面に転がる兵士の男を確認した。
すると男は完全に息絶えており、さらには毒で自害したことが確認できる。
(……毒を仕込んでいる場所が、以前ハイゼ子爵を襲った暗殺者と同じだな。あの暗殺者は十中八九、ヴォルシュナー公爵による刺客だった。そしてこの男も、着ているのはヴォルシュナー兵士団の兵士服だ。これは偶然か? ヴォルシュナー公爵が私を消そうとした可能性が高いのではないか?)
フランツがそう考えていると、イザークが口を開いた。
「団長、これは味方の裏切りでしょうか。それとも敵による刺客でしょうか。……ちなみに団長に向けて放たれたナイフには、毒が塗られているようです。その種類まではここでは分かりませんが」
イザークが持つナイフに視線を向けたフランツは、自身の命が危なかったと悟り眉間に皺を寄せた。
暗殺者が放つナイフに塗られた毒が、例えば体を麻痺させるものであるとか、そんな弱いものである可能性は限りなく低い。
ほぼ確実に、致死性の毒だろう。
「現状の情報だけで確定はできないな。……イザーク、まずはこの男がヴォルシュナー兵士団の一員かどうかを確認して欲しい」
「かしこまりました」
それからイザークがヴォルシュナー兵士団の副団長を呼んで男の顔を確認させたが、副団長はすぐに首を横に振った。
「し、知らない男です。もしや我らが兵士団に、敵の刺客が潜入を……?」
副団長はその可能性を認識したところで、顔色を悪くしてガバッと頭を下げる。
「大変申し訳ございません! ヴォルシュナー兵士団の失態で、フランツ団長を危険に晒してしまい……!」
その言葉を聞いていた周囲の騎士や兵士が、他にも敵の刺客が紛れ込んでいる可能性に顔色を悪くした。見知らぬ者がいればすぐに判明するだろう雰囲気の中、フランツは眉間に皺を寄せたまま首を横に振る。
「いや、構わない。これは皆の失態だ。……他にも刺客が紛れ込んでいる可能性も考えられるだろう」
そう答えて副団長を許しながらも、フランツは本当にこの男が敵国からの刺客なのかと考え込んだ。
(確かに戦争中で味方の裏切り、それも味方のフリをした誰も顔を知らぬ者の裏切りとなれば、敵国の刺客に入り込まれたと考えるのが妥当ではある。しかし……この男は明らかに私を狙っていた。戦争中に敵国の軍勢へと潜り込めたのであれば、普通は敵全体を混乱に陥れるために動くだろう)
「……ヴォルシュナー兵士団の体制は、敵による刺客の侵入を容易に許すものなのか? 情報統制などは?」
眉間に皺を寄せたままフランツが問いかけると、副団長はビシッと直立不動になり、顔色をより一層悪くして口を開く。
「じ、実際にこの男が我らが兵士団に入り込んでいたという事実を前に、言い訳にしかならないかもしれませんが、刺客が入り込める余地はなかったはずですっ。情報もしっかりと、管理しております」
「そうか……」
副団長の答えを聞いたフランツは、また地面に倒れる男に視線を戻した。
(しっかりと管理されている敵国の軍勢へ潜り込むなど、簡単にできることではない。さらに今回は内戦直後の宣戦布告だ。敵国に潜り込むだけの余裕があったとは考えにくい。加えてこの男が、以前の暗殺者と全く同じ自死方法で息絶えた……)
そこまで考えたフランツは、自らの中で一つの可能性を選び取った。
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