第70話 仮説と大胆な決定

(やはりヴォルシュナー公爵の企みだと考えた方が、合点がいくな)


 そう考えたフランツは一度大きく息を吐き出してから、また思考を巡らせた。


(この予想が当たっているとすれば、全ての違和感が繋がっていく。宣戦布告も仕組まれたものであり、ヴォルシュナー公爵とサヴォワ王国のザイフェルト公爵は繋がりがあるのではないか? そもそもザイフェルト公爵が内戦を起こし、勝利までの期間があまりにも短いと思っていた。その理由がヴォルシュナー公爵の援助にあったら?)


 今まで得て来た情報が次々と繋がっていき、フランツの中でほぼ確信に近い仮説が立てられていく。


(この戦争で敵の軍勢が素人同然なのも、最初から真剣に争う気がなかったと考えれば納得できる。私を殺すためだけに戦争を起こしたと考えるのは、少し飛躍しすぎている気もするが……)


 フランツはヴォルシュナー公爵を思い浮かべ、顔を顰めた。


(あの公爵ならば大胆なこともやりかねんか。自らの望みを叶えることが第一なのだから。……ザイフェルト公爵と繋がっているとして、裏切ることまで計算に入れるようなタイプだろう)


 そこまで考えたところで、じっと考え込むフランツに、ヴォルシュナー兵士団の副団長が恐る恐る声をかけた。


「あ、あの……フランツ団長。この男はどうしますか? 我々で対処をした方がよろしいでしょうか」

「いや、この男はこちらで引き取る」


 フランツが迷うことなく頷くと、副団長はビシッと素早く敬礼をした。


「かしこまりました。よろしくお願いいたします。……して、この後はどうすれば」


 そう言って副団長が周囲を見回すと、もうサヴォワ王国の騎士や兵士は戦意を失っていて、大部分が敗走を始めていた。


 チームワークが取れていないようで、怪我をしている仲間を一人だけで助けようとしていたり、そんな仲間に目もくれず逃げ出す者がいたり、仲間を押し退けてまで逃げている者がいたり、なぜか一騎で帝国に挑んでいる者がいたり、大混乱の様相だ。


「もう戦争は終わったも同然だな……」


(通常の流れならばこのまま戦後処理に入るのだが、それで良いのだろうか。先ほどの仮説が当たっていた場合、ザイフェルト公爵がヴォルシュナー公爵を捕えるための、重要な証拠となる可能性がある。できれば身柄を確保したいな……放っておけば、ヴォルシュナー公爵が消す可能性が高いだろう)


 仮説が正しい場合は、ザイフェルト公爵の証言や公爵が持つ数々の証拠により、ヴォルシュナー公爵が他国と不正に繋がっていたこと、そしてその相手に帝国を襲わせたことが立証できる。


 これが立証できれば、ヴォルシュナー公爵の罪は国家反逆罪だ。そうなれば、さすがに逃れられない。


 フランツは意を決した様子で顔を上げ、イザークに鋭い視線を向けた。その視線を向けられたイザークは、嫌な予感を覚えたのか僅かに顔を顰める。


「これから我らはサヴォワ王国内へと隊列を進め、一気にサヴォワ王国の王都を攻める。そしてザイフェルト公爵を捕虜として確保する!」

「……はぁ!?」


 フランツの宣言を聞いたイザークは思わずと言った様子で叫び、慌てて口を押さえながら声のボリュームを落として告げた。


「な、なぜそんな突拍子もない意見が出てくるのですか。サヴォワ王国側は既に戦意を喪失していますし、このまま戦後処理に入っても……」

「それではサヴォワ王国だけでなく、周辺国すべてに舐められるだろう。あちらから宣戦布告をして来たのだ。ここは徹底的にやるべきだ。もう帝国に逆らおうと考えぬようにな」


 騎士団長の威厳を発しながらフランツが告げると、イザークは「確かに……」と納得するように頷き、フランツの視線をしっかりと受け止めた。


 周囲に控えていた騎士や兵士も、フランツの言葉に士気をあげている。


「……かしこまりました。ではそのように動きます」

「頼んだぞ。それからもう一つ……」


 そう言ったフランツがイザークにだけ聞こえるように、耳元で先ほどの仮説を口にした。するとイザークは瞳を見開き、神妙な面持ちで頷く。


「かしこまりました。心得ておきます」

「こちらも頼んだ。ではイザーク、そしてエーリヒも、サヴォワ王国へ入るために隊列を組み直して欲しい。できるだけ早くな」

「「はっ!」」


 二人が急いで動き始めたところで、フランツはマリーアに視線を向けた。

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