第68話 フランツを助けるために

 マリーアとカタリーナ、そしてレオナは急いで戦場に向かい、大きな問題はなく草原の入り口に辿り着いた。しかしそこからでは状況が確認できなかったため、入り口近くにあった、丘の上に向かう。


「登れば全体が見えるの?」

「詳細は分からないでしょうけど、戦争が始まってるかどうかは分かると思うわ。開始前後で対処方法が変わるでしょう?」

「確かにそうね」


 ここまで歩きっぱなしだったことで三人は疲れを滲ませてはいるが、決して足を進める速度は緩めない。


「わたしたちって、フランツたちにどれほど遅れてるのかしら。騎士は騎乗での移動でしょ?」


 マリーアの呟きに、カタリーナはレオナに視線を向けた。するとレオナは少しだけ考え込んでから、キッパリと言い切る。


「移動時間に関しては、あまり変わらないでしょう。ここまで歩いてきた限り、山道は道が悪く馬が速度を出せるような状態ではありませんでした。したがって、徒歩と大きくは変わらないかと」

「へ〜そんなものなのね」


 それなら戦争が始まってない可能性も大いに考えられる。そう思ってマリーアが少し余裕を取り戻すと、カタリーナが遠くに視線を向けて声を上げた。


「この辺からでも見えそうだわ」


 マリーアとレオナも戦場に視線を向けると、そこには大勢の騎士や兵士が草原で隊列を組んでいた。


 そんな隊列の前線では――すでに戦闘が発生しているようだ。


「……遅かったわね。戦争が始まってるとなると、フランツ様に直接情報を渡すことは叶いそうにないわ。ここは後方にいる騎士の中から知り合いを見つけて――」


 現状を把握したところで、さっそくカタリーナが今後の動きについてを考え始めている中、マリーアは戦場の一点にじっと目を凝らした。


 それはこの場所からでは詳細なんて絶対に見えないだろう、まさに現在戦闘が起こっている場所のすぐ近くだ。


 フランツが相変わらずの強さを発揮し、敵と戦っている場所の少し後方。そこで怪しい動きをしている男に、マリーアの全意識は注がれていた。


「あの男、味方よね……?」


(それにしては動きに違和感がある。こうして上から見てると、明らかにフランツを狙っているような、そんな立ち位置に移動していて……さらに僅かな緊張が表情に現れている)


「マリーア、どうしたの?」

「……カタリーナ、前線近くの味方の軍勢に怪しい男がいる。フランツを狙ってるかも」


 マリーアが怪しい男から目を逸らさずにそう告げるが、カタリーナは訝しげな表情を浮かべるだけだ。


「何を言ってるの?」


 それも仕方がないだろう。この丘から前線の様子など、辛うじて戦闘が発生していることが分かる程度の距離感なのだ。

 それほどの距離で個人を識別し、さらにその動きの詳細を観察して怪しさを感じるなど、普通ならばあり得ない。


「フランツなら大丈夫よね……?」


 カタリーナに危機感が通じないもどかしさと、フランツが怪しい男に気付いてない様子から、マリーアは不安を募らせた。


 嫌な予感を覚えながら、その男をじっと観察していると――


 男がナイフに手を伸ばしたのが見えた。


「危ない……っ」


 マリーアはその動きを見た瞬間、ほぼ無意識に丘から飛び出す。



 落ちたら命が助からないだろう崖から飛び出したマリーアに、カタリーナとレオナは全く動けずただただ息を呑むしかできなかった。


「……っ」


 しかしすぐ我に返り、カタリーナが慌てて崖の下を覗き込もうとした――その瞬間。


 バサッッと羽が動く音が聞こえ、マリーアが二人の視界に姿を現した。

 しかし二人の視界に映ったのは、さっきまで一緒にいたマリーアではない。その背中には立派な羽が生えていて、さらにその羽を使い、高速で空を飛んでいた。


 ぐんぐんと前線に向かって進んでいくマリーアは、一瞬で小さくなる。


 そんな信じられない光景を目にした二人はしばらく沈黙し、二人の目にはほとんどマリーアの姿が見えなくなったところで、カタリーナがポツリと呟いた。


「あの姿って――もしかしてマリーアは、竜族?」


 その言葉に信じられない様子ながらも、レオナはゆっくりと頷く。


「私の目にも、そのように見えました」

「まさか竜族を、この目で見る時が来るなんて」


 竜族とはその存在は広く知られているが、標高が高い山の頂上付近に住んでいるため、人間が姿を見ることはほとんどない種族だ。

 特に竜族と人間は過去に酷く争ったことがあり、人間の中では良い意味でも悪い意味でも特別な種族だった。


 カタリーナはマリーアが向かった前線をじっと見つめ、眉間に皺を寄せる。


「――とりあえず、マリーアの種族については置いておきましょう。問題はフランツ様を狙っているという、味方の軍勢にいる輩ね」

「そういえば、マリーアさんが仰っていましたね。あの時は何を見ているのだと思いましたが、竜族であれば遠くが鮮明に見えるのも納得です」

「ええ、そうよ。ということは、フランツ様の危機がまさに今起きているのかもしれないわ」


 そこまで話をしたカタリーナは、悔しそうに唇を引き結ぶと、握っている拳に力を入れた。


「私が今からできることは……ないわね」


(マリーアがフランツ様の下へ向かった以上、私が情報を伝える必要はなくなったわ。そして今から助けに向かったとしても、地上からでは到底間に合わない。――私はここで、皆の無事を祈るしかないのね)


 そう判断を下したカタリーナは、キツく拳を握りしめながら、じっと目を凝らして前線に視線を向けた。

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