第67話 戦争開始と身近な悪意

 マリーアとカタリーナ、そしてレオナがまだ魔物討伐をしている頃。フランツたちは山道を一気に草原まで進んでいた。


 馬に乗って駆けること数時間で、指定された草原に到着する。到着したところで隊列を組み、草原をサヴォワ王国目指して一直線に進んでいくと――しばらくして正面に、敵の軍勢が見えてきた。


「こちらを混乱させるための、誤情報ではなかったようだな」


 フランツがそう呟くと、隣を馬で歩いていたイザークがまだ遠くにいる敵をじっと見つめる。


「そのようですが……誤情報であった方が、まだ敵の思考を読めたような気がします。何の要求もなしに公平な状態で戦えば、我が国が圧倒的に有利であると、サヴォワ王国が理解していないとも思えないのですが……」

「サヴォワ王国を乗っ取ったザイフェルト公には、何か切り札があるのかもしれないぞ」


(それから、別の目的がある可能性も考えられる)


 フランツは周囲にいる騎士たちを不安にさせないため、その可能性は口に出さず胸の内に留めた。


「とにかく、我々はいつも通り帝国を守るだけだ」

「はっ」


 それからまた時間が過ぎ、シュトール帝国の軍勢と敵国であるサヴォワ王国の軍勢は、かなり近づいていた。

 互いに牽制し合うような雰囲気の中、フランツがこの状態からでも話し合いによる解決は望めないかと僅かな希望を抱いていると――


 それを打ち砕くように、サヴォワ王国側から魔法が放たれる。


「やはり戦うしかないか……全員構え! 敵を迎え討て!」


 フランツの号令によって、帝国側の騎士は美しいと言えるほどの連携を見せた。敵の攻撃を防ぐ者、その隙に敵へと攻撃を放つ者、敵の動きを観察して周囲に伝える者。

 皆がその時その時で最適な動きをして、隊列は前に進んでいく。


 シュトール帝国騎士団に所属の騎士たちだけでなく、今回戦線に加わっているヴォルシュナー兵士団の面々も、騎士には及ばないが、良い動きを見せていた。


 そして先頭がサヴォワ王国の軍勢と――ぶつかる。


 本格的な戦争の始まりだ。



「――おかしいな」


 フランツは先頭集団より少し後方で、サヴォワ王国の軍勢を見ながら眉間に皺を寄せていた。


「明らかに変ですね」


 フランツの言葉に、イザークも同意を示す。


「あまりにも弱すぎる。それに連携が全く取れていない。これではまるで――素人の寄せ集めだな」

「同意見です。入団したばかりの新人だけを集めたら、あのような感じになるかと」

「サヴォワ王国は何を考えているんだ?」


(やはり何か別の目的があるのかもしれない。しかし戦争を起こしてまで達成したい目的とは何なのか……)


 敵の思惑が分からず、フランツとイザークが厳しい表情で戦況を睨んでいると――突然味方の焦った声が聞こえてきた。


「下がれーっ!」


 さらに大剣が風を切る音と、肉を断つ音もフランツの耳に届く。


「……素人だけではないようだ」


 フランツがじっと見つめた先では、ガタイの良い男が馬で駆けながら大立ち回りをしていた。強靭な体幹と足の筋肉で、大剣を振り回しても馬から振り下ろされず、戦場を縦横無尽に駆けていく。


 味方の騎士が次々と大剣に切り付けられ、さらには馬も傷つけられ、一人の敵によって前線は混乱の様相を見せていた。


「すぐに隊列を立て直せ! 馬から落ちた者は敵の馬を狙え!」


 前線にいる指揮官が声を張るが、思うように対処ができていない。それほどに大剣を持つ敵が強いということだろう。


 その様子を少しの間だけ見つめていたフランツは、すぐに決断を下して自らの剣を抜いた。


「イザーク、私が行ってくる」

「援護は要りますか?」

「いや、必要ない」

「分かりました。お気をつけて」


 戦場でフランツが前に出ることは多いため、イザークも慣れたようにフランツを見送った。


 そうしてフランツは一気に前線まで戦場を駆け抜け――


 また振り下ろされた大剣を、自らの剣で止めた。剣の大きさでは圧倒的にフランツの方が不利に見えるが、敵の大剣はピクリとも動かない。


 それを感じた敵の男は、ニヤリと口端を持ち上げた。


「強いやつがやっときたな。待ってたぜ」


(待っていたとはどういうことだ? 戦闘狂か? 確かにそういう者はいるが……)


 フランツは敵の発した言葉に僅かな違和感を覚えつつ、まずは目の前の戦闘に集中だと、気合を入れ直した。


 まずは腕に入れていた力を僅かに抜き、敵のバランスを崩す。落馬を免れるために敵が足に力を入れたのを見計らい、次は馬に攻撃を仕掛けた。


 馬に強く体を固定した直後に、その馬自体がバランスを崩すと、上に乗っている騎士も巻き込まれることが多いのだ。

 しかし敵の男はフランツの攻撃を読んでいたのか、素早く動かした大剣でフランツの剣を弾いた。


「ほう」


(予想以上に強いな)


 フランツは敵の戦力を上方修正し、間髪入れずに攻撃を仕掛けていく。二人の剣が何度も交差し、ぶつかり合う高い音が響き渡り、あたりに火花が散る。


 そんな様子に帝国の騎士たちはさらにやる気を滾らせたが、サヴォワ王国側の敵兵は完全に腰が引けていた。


 そんな中で二人の戦闘は続いていく。敵の男は楽しげに笑い、フランツは鋭い眼差しで敵の急所を狙っていた。


「ははっ、お前強いな」


 敵の男はそう告げるが、フランツは会話に乗らない。


「つれねぇなぁ」

「敵と会話をする趣味はない」


 フランツが一言だけ告げると、敵の男は大剣を握る手に力を入れた。


「そろそろ、決着といこうか」


 その言葉を契機に一瞬の沈黙が落ち、今まで以上の速度で――


 二人が飛ぶように動いた。


 互いの剣が交差しすれ違い、馬から落ちたのは、敵の男だ。


 これで決着か、そう思った瞬間。フランツの後方にいた味方の軍勢から、小ぶりのナイフが放たれた。

 

 それは一直線にフランツへと向かっていく。


 フランツは一瞬の殺気に気づき、後ろを振り返ろうとしたが、落馬後すぐにフランツへと向かってきていた敵の男に阻まれ、すぐ振り返ることができない。


 フランツが敵の男をとにかく魔法で吹き飛ばし、後ろを振り返ろうとした時には――


 もう、ナイフは避けられないところまで来ていた。

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