第65話 思わぬ発見と今後の対処
レオナが示したのは、先ほどカタリーナがレッドボアを地面にめり込ませたことによって崩れ、地中の様子が露わになっているところだった。
「こちらを見ていただけますか? 土に埋もれて少し分かりづらいですが……地中に魔物の死骸があります」
マリーアとカタリーナはレオナが示した場所にじっと目を凝らし、魔物の死骸を認識できたところで、眉間に皺を寄せる。
「本当ね……まだ新しいかしら。マリーア、風魔法で土を払っていただける?」
「分かったわ」
緻密なコントロールがなされた風魔法が、魔物の死骸だろう何かに向かい、邪魔な土を上手く吹き飛ばした。それによって死骸の状態がより鮮明に見えるようになり、まずはレオナが近づいて確認をする。
「これは……切り傷等から推測して、討伐から数日以内のものでしょう。もしかすると、昨日の出来事かもしれません」
「そんなに新しいのね」
「でもこの辺りはわたしたちに割り振られた場所でしょ? 誰が討伐なんてしたのよ」
マリーアが口にした疑問に、カタリーナが厳しい表情で考え込む。じっと魔物の死骸を見つめ、周囲を見回してから――小さめな声で答えた。
「魔物が比較的深くに埋められていること、そして地面が綺麗に均されていたこと。これら二つから――他の冒険者グループによるものだという可能性は、限りなく低いでしょうね」
「じゃあ誰が……」
「誰なのか正確なことは分からないけれど、少なくともここにいて魔物を討伐した何者かは、その事実を他人に悟られたくない立場よ。だって地中深くに埋めて地面を綺麗に均すだなんて、まさに自分がいたという事実を隠すための工作でしょう?」
討伐された魔物が転がっていれば、その場所に誰かがいたことはすぐに分かる。それを防ぐために魔物を隠すように埋めたのだと、カタリーナは考えたのだろう。
その考えを聞いたマリーアは、事態の深刻さを感じ取った。
「確かに、カタリーナの言う通りだわ。そして現在この場所で、存在を隠したい立場となると――」
マリーアがサヴォワ王国がある方向に視線を向けると、カタリーナがゆっくりと頷く。
「私も同意見よ。あちらからの偵察部隊と考えれば、すんなりと納得できるわ。今は戦争間近の状態なのだから」
「……この情報、どうすれば」
(わたしは戦争なんて経験したことがないから、どう動けばいいのか全く分からない。わたしの動き方によって、戦争の動向が変わったりしないわよね……?)
そう考えるとなんだか恐ろしくなり、マリーアは無意識に自分の腕を摩った。
(フランツって、やっぱり凄いのね。こういう重圧の中でずっと活躍してるんだから)
マリーアがフランツを認め直していると、僅かに眉間に皺を寄せて考え込んでいたカタリーナが、レオナに問いかけた。
「レオナ、この情報は伝えるべきものかしら。それともこのような状況下では、偵察部隊が入り込んでいることは当たり前のことなの?」
「……私もあまり詳しくはございませんが、敵国の偵察部隊が自国内にいるというのは、かなり厄介な状況ではないかと思います」
「やはりそうなのね」
レオナの答えを聞いて、マリーアはより顔色を悪くした。厄介な状況を知っているのが自分たちだけの場合、自らの動きで今後の展開が左右されるかもしれない。また厄介な状況になっている戦争は、無事に終わるのかどうか。
そんな不安がマリーアの胸中には渦巻き、焦りが滲み出てくる。
マリーアは落ち着きのある強い魔法使いではあるのだが、大勢の命運を自分が握るような経験はないのだ。
「これからどうすれば……フランツたちは勝てるの? 偵察部隊がいるとしたら、その人たちを捕まえるべき? あっ、それともこっちも偵察をすれば……」
マリーアが混乱して次々と疑問や不安を口にすると、カタリーナが凛とした声で言った。
「落ち着きなさい」
その声音は人を従える力のあるものだ。マリーアはぐっと口を閉じ、沈黙が場を満たす。
「こういう時に焦るのは一番の悪手よ。とはいえ情報を伝えるならば、早い方が良いわね」
そう言って自分の意見をまとめたカタリーナは、頼もしい表情で告げた。
「本日の冒険者活動はここで終わりとして、私たちは騎士団に情報を伝えに向かいましょう」
まず頷いたのはレオナだ。
「かしこまりました。しかし危険なことはなさらぬよう、お願いいたします」
その言葉を聞いて、マリーアも少し遅れて僅かな笑顔を見せる。
「……分かったわ。あんた、こういう面でも頼りになるのね」
「あら、当然でしょう? 私を誰だと思っているのよ」
自信ありげな笑みを浮かべてそう言ったカタリーナに、マリーアが苦笑を浮かべた。
「確かに、こういうのは得意なはずね」
少し離れた場所とはいえ冒険者たちがいるため、マリーアは『侯爵家の令嬢』という決定的な言葉を隠してそう告げた。
しかしカタリーナには正確に伝わったようで、豪奢なピンク色のロングヘアをバサっと肩の後ろに飛ばす。口元には緩やかな笑みが浮かんでいた。
「うちは名門なのよ?」
「それは否定できないわね……ただあんたがその身分だってことは、頻繁に忘れそうになるけど」
いつもの調子を取り戻してそう言ったマリーアに、カタリーナは嬉しそうな表情を少しだけ覗かせた。
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