第64話 お嬢とマリーアの無双劇
フランツが騎士団長として一時的に復帰し、第一騎士団と第三騎士団が合同で準備を進める中、マリーアとカタリーナは草原に続く山道付近で魔物討伐をしていた。
二人にはもちろんレオナが同行し、さらにCグループの他の面々もいる。
「カタリーナお嬢! 向こうの魔物は討伐終わったぜ」
「ありがとう。では次に向こうをよろしくね」
「はい!」
なぜかお嬢と呼ばれているカタリーナが仕切り、Cグループは臨時のグループとしては異例の連帯感だ。
「あんた、何でお嬢なのよ」
マリーアが胡乱な眼差しを向けると、カタリーナは満面の笑みで答えた。
「フランツ様がお好きな冒険小説に、そう呼ばれる仲間がいるのよ」
「……そうなのね」
カタリーナの返答を聞いて、マリーアはもう突っ込みに疲れ曖昧に頷くだけだ。
(ここまでフランツの婚約者になるため一直線に頑張れるのは、もう尊敬の域ね……フランツと気が合いそうだし、カタリーナが婚約者でいいんじゃない? まあ、そんなことを言ったら調子に乗りそうだから言わないけど)
「マリーア、風魔法で援護を頼んだわよ」
「分かったわ。任せなさい」
前衛として飛び出していくカタリーナと後衛であるマリーアの息はピッタリだ。二人は最初の出会いから考えられないほど、距離を縮めていた。
「はあぁっ!」
カタリーナが気合を入れて殴り飛ばした魔物――レッドボアは一撃で近くの木に向かって吹っ飛び、火魔法を放つ余裕もなく息絶える。
さらにカタリーナはそのままの勢いで後ろにいたもう一匹のレッドボアを蹴り飛ばし、足を引く勢いで一回転をすると、また別のレッドボアに回し蹴りを喰らわせた。
最後の回し蹴りはレッドボアの息の根を止めるには至らず、そこをマリーアの風の刃が援護する。鋭い風の刃は周囲にほとんど影響を及ぼすことなく、レッドボアの首元だけを深く切り裂いた。
「マリーアの魔法は本当に美しいわね」
「……褒めても何も出ないわよ?」
「本心よ。私は立場上たくさんの魔法を見てきたけど、マリーアほどの精度で風魔法を扱う人は見たことがないわ」
そう褒められたマリーアは僅かに頬を赤く染めると、照れ隠しなのか巨大な風の刃を放って、まだ少し遠くにいたレッドボアの胴体を深く切り裂いた。
それによってレッドボアは、血と内臓を撒き散らしながら息絶える。
その様子に少し遠くで戦っていた冒険者たちは引いていたが、カタリーナとマリーアは平然と会話を続けた。
「……ありがとね。あんたの実力も凄いと思うわよ。体術だけならフランツ以上じゃない?」
「それは喜べば良いのかしら」
「何よあんた、まだ気にしてたの?」
「それはそうよ。やっぱり令嬢は可愛く可憐なのが良いでしょう?」
僅かに落ち込んだ表情を見せたカタリーナに、マリーアははっきりと告げた。
「大丈夫よ。相手はフランツなんだから。規格外の相手ができるのはやっぱり規格外よ」
「……それも喜んで良いのか微妙だわ」
そう呟いたカタリーナは、また襲ってきたレッドボアを正面から殴り飛ばして顔の形を分からなくしながら、マリーアにチラッと視線を向けた。
「そういえば、マリーアはフランツ様のことが好きではないの?」
「わたし? 全く恋愛感情はないわよ。確かにフランツはカッコいいし仲間としては好きだけど、恋愛相手としては……やっぱり無理ね。毎日疲れそう」
げんなりとした表情でそう断じたマリーアに、カタリーナは僅かに唇を尖らせた。
「最初からそうと分かっていれば、マリーアを敵視はしなかったのに」
「そういえばあんた、最初はわたしを睨んでたわよね」
「あの時はごめんなさい。ライバルだと思ったのよ」
そう言ったカタリーナに、マリーアがトルネードで三匹のレッドボアを近くの大木にぶつけながら問いかけた。
「そういえば、あんたはフランツのことが好きなの? それとも地位目当て?」
「……もちろんフランツ様の身分や地位が、我が家にプラスに働くことは理由の一つよ。でも……その、まだ私が幼い頃にフランツ様にお会いして、その時に一目惚れというか――」
頬を赤くして、近くにいるマリーアでさえ辛うじて聞き取れるほどの小さな声で告げたカタリーナに、マリーアはニヤニヤとした楽しげな笑みを浮かべる。
「そうだったの。そう、昔から好きだったのね〜」
カタリーナは恥ずかしさが限界を超えたのか、レッドボアに向かって駆け寄ると真上から思いっきり拳を振るった。すると地面が思いっきり沈み込み、レッドボアは体の半分以上を土の中に埋めることになる。
「……マリーアから見て、フランツ様は私のことをどう思っていると思う?」
その問いかけに、マリーアは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
フランツのカタリーナへの印象は――
「確かなことは言えないけど、恋愛感情がないことは確かね」
「やっぱりそうよね……」
「でもまあ、フランツは恋愛感情が分からないって言ってたから、それも仕方がないんじゃない? 気長にアプローチするしかないわよ」
マリーアがその言葉を告げながら風の刃でレッドボアを切り刻んだところで、レッドボアの討伐は終わった。
それと同時にカタリーナが「頑張るわ」と告げ、辺りは静かになる。
「あら、もう終わり? 話をしていたらいなくなったわ」
「やっぱりレッドボアは弱いから」
「確かにそうね。あまり張り合いがなかったわ」
そんな話をしながら倒れたレッドボアに視線を向けている二人を、数人の冒険者が若干引いたような、でも尊敬もしているような、複雑な表情で見ていた。
戦闘が終わったことで辺りが静かになったため、二人の言葉が聞こえていたようだ。
「――お嬢たち、やっぱりすげぇな」
「最初は女に負けてるなんてって思ったが、もうそんな気持ちもなくなったな」
冒険者たちがそんな話をしていると、カタリーナが皆に聞こえるよう声を張る。
「皆、さっそく魔物を片付けましょう。素材の持ち帰りに関しては任せるわ」
そうして冒険者たちが倒した魔物の希少素材だけを剥ぎ取る中、マリーアとカタリーナの近くで戦闘を見守っていたレオナが、真剣な表情である木の根元に向かった。
「カタリーナさん、マリーアさん、こちらへ」
レオナは二人の仲間という設定なので、カタリーナへの敬称はなしだ。
「どうしたの?」
いつにないレオナの真剣な――深刻なとも言える表情に、マリーアとカタリーナは嫌な予感を覚えつつ、レオナが示した木の根元に向かった。
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