第60話 フランツの影響力

 首をなくしたオークが腕を振り上げた形のまま後ろに倒れ込み、辺りに響いた鈍く低い音が戦闘終了の合図となった。


「ふぅ、結構な数だったな。皆に怪我はないか?」


 フランツが剣を鞘に納めてから皆を振り返ると、マリーア、カタリーナ、レオナは三人で一カ所にまとまっており、他の冒険者たちは全員が直立不動でフランツに体ごと視線を向けている。


「は、はいっ。問題ありません」


 一人の冒険者がそう答えると、フランツは人好きのする笑みを浮かべた。


「それならば良かった。あのオークの群れが放置されていたら、いずれは街を襲ったかもしれない。我々は街を救ったのだ。まずはそれを誇ろう」


 フランツが笑顔のまま告げた言葉に、数人の冒険者は瞳を僅かに輝かせる。街を救ったという事実を噛み締めているのか、自らの手に視線を落としている者もいた。


「……俺たちが、街を救ったのか」


 見つめていた手のひらをグッと握り込んだ冒険者は、ポツリとそう呟いた。するとその声は異様なほどその場に響き、フランツの耳にも届く。


「そうだ、やはりさすが冒険者だな。――そういえば、オークが来る前にしていた話が途中だったな」


 突然思い出したようにフランツがそう告げると、二人組の冒険者がビクッと体を震わせた。フランツに視線を向けられ、恐怖によるものなのか、小刻みに震えているようだ。


「あっ、あれは……その、そう、前にあんな冒険者に会ったことがあって! 皆にも注意喚起をしたくてだな……」

「ああ、そ、そうだっ、あいつら酷かったよなぁ。とにかく悪事を働いても楽に稼ぐって感じで、犯罪もやってたなっ」


 二人組の冒険者は恐怖に顔色を悪くしながらも、なんとか言葉を紡いで言い訳を口にした。こんな時ばかり抜群のコミュニケーションで互いを助け合い、フランツの反応を待つ。


 するとフランツは二人の言葉を聞き、眉間にぐっと皺を寄せ――


「それは、冒険者を貶めようと画策する輩かもしれないな。私も以前、一度出会ったことがある」


 そう告げると、街の方に向けて鋭い視線を向けた。

 フランツの言葉を聞き、縮み上がっていた二人は大きく息を吐き出す。


「そ、そうなのか」

「じゃあ、あいつらも、そうだったかもしれねぇな」

「ああ、早急に対処をしなければいけないな。見つけ次第に、私が責任を持って捕えよう」

「お、おうっ、ぜひ頼む」


 普通ならばなぜフランツが捕えるんだと疑問が湧くところだが、それどころではない冒険者たちが何度も首を縦に振り、なんとか逃れられたと二人が安心したところで――


 フランツが鋭い視線を、今度は二人組に向けた。


「情報提供には感謝するが……お前たち二人も冒険者を貶めようと、悪事を働いていたのではないのか? あの言い方は、他人の悪事を明かす口調ではなかった」


 低い声でそう告げられた二人は――涙目で震え上がり、ほぼ同時にその場で土下座をした。


「す、す、すみませんでした……!!」

「許してくれ!! ちょっとした出来心だったんだ! すげぇ反省してるんだ!」


 二人が地面に顔を押し付けながらそう叫ぶと、フランツはゆっくりと歩み寄った。そして二人に対して真剣な表情で問いかける。


「お前らがしたことを今ここで詳らかにするんだ」

「ちょっ、ちょっと依頼でサボっただけだ……!」

「ノルマがない依頼で、楽をしちまって……すまねぇ! 強くなれない自分に腹が立ってたんだ!」


 二人の告白と反省を聞いたフランツは、「はぁ」と大きく息を吐き出すと、少しだけ表情を緩めた。


(依頼に真剣に取り組まないなど冒険者としてあり得ない愚行だが、捕えられるほどの罪を犯しているわけではない。反省しているようだし、このまま更生を促すのが最善か……やはり冒険者にも、たまにははみ出し者がいるのだな)


「お前たちの行いは素晴らしき冒険者という職業を貶め、皆に迷惑をかけていたということをしっかりと自覚し、これからは他の冒険者より一層、真剣に仕事に励むよう誓えるか?」

「もっ、もちろん誓えるぜ!」

「お、おうっ!」

「それならば良い。――では皆、待たせて悪かった。オークの処理をしたら、また森を進もう」


 笑顔で他の冒険者に声をかけたフランツに、残りの三人組、四人組の冒険者たちは恐怖に震えながら、何度もガクガクと首を縦に振った。


 それに笑顔のまま頷くと、フランツは二人組冒険者に視線を戻す。


「では二人に聞きたいのだが、魔物を積極的に探すのはやはり避けるべきだと思うか?」


 その問いかけに、二人はぶんぶんと首を横に振って答えた。


「い、いや、積極的に行くべきだと思うぜ!」

「お、俺もだ。思ってた以上にここには戦力があるし、積極的に行くのもいいんじゃねぇかと……」


 二人の言葉に同調するよう他の冒険者たちも頷いたところで、フランツは感心しながら口を開いた。


「分かった。では積極的に魔物を見つけて討伐しよう」


(まずは戦力の把握をしなければいけなかったのだな。私はいつも完璧に皆の実力を把握している騎士団で動いているからか、工程が抜けていた。反省しなければ)


「皆も方針に異論はないか?」


 フランツがマリーアたち三人にも視線を向けると、すぐにカタリーナが頷いた。


「ええ、ないですわ」

「わたしもよ」


 カタリーナに続いてマリーアが返答し、レオナもしっかりと頷いたところで、フランツたちCグループは、魔物を探しながら森の中を進むことになった。



 ♢ ♢ ♢



 オークの群れを討伐してから約一時間後の森の中。フランツたちは一頭のホワイトディアと遭遇していた。この一時間で三度目となる魔物との遭遇で、フランツは四人組の冒険者パーティーに指示を出す。


「次は君たちの番だ。ホワイトディアを倒せるか?」


 フランツは仲間の実力を把握しなければいけないという反省を踏まえ、パーティーごとに魔物を討伐し、それぞれの戦い方を皆で把握しようと提案したのだ。


 フランツたちの強さを目の当たりにし、フランツの強さも存分に味わった冒険者たちがその提案を断れるわけもなく、提案通りに動いている。


 次は四人組の冒険者パーティーの番で、二人組、三人組の冒険者たちはすでに魔物を討伐した。


「……一頭ならなんとか」

「多分いけるはずだ」

「ではよろしく頼む。危なければ皆で援護をしよう」


 フランツの言葉に四人は緊張の面持ちで頷くと、ホワイトディアに近づいていった。


 フランツならば一撃で倒せるような魔物だが、四人組パーティーは皆で連携しても、ホワイトディアに少し押されている様子だ。

 しかしフランツは手出しをせず、静かに見守っていた。


「次は風魔法が来る。左に避けろ」


 さりげなく的確なアドバイスだけをして、じっと四人の戦いを見つめる。


 それから十分ほどが経過し、やっと四人組はホワイトディアの討伐に成功した。四人とも例外なく息も絶え絶えで、まさにギリギリの討伐だった。

 それも当たり前で、この四人組パーティーはまだホワイトディアを倒せるほどの実力はないのだ。


「討伐ありがとう。連携が上手いな」


 フランツが笑顔で声をかけると、四人組は互いに顔を見合わせて、それぞれが自分の手を見つめた。


「俺らだけで、ホワイトディアを倒せたのか……?」

「た、倒せたな」

「……もしかして、俺らって強いのか?」

「もっと上を目指せたり、するか?」


 今回ホワイトディアを討伐できたのはフランツの的確なアドバイスによるところが大きいのだが、実際に戦ったのは四人だけのため、冒険者たちは全員が僅かに瞳を輝かせる。


「それはもちろん、いくらでも上を目指せるだろう。しっかりと鍛錬をすればな」


 フランツのその言葉を聞いて、満更でもなさそうに口端を緩めた。


 そんな冒険者たちを見て、マリーアは呆れを通り越して感心の面持ちを浮かべる。


(最初は恐怖心からわたしたちに、主にフランツに従ってるだけだったのに、気づいたら真剣になってきたわね……本当にフランツって、凄いというかなんというか)


 マリーアがそんなことを考えながらフランツと冒険者たちを見つめていると、カタリーナが四人組の冒険者パーティーへ声をかけた。


「魔物討伐をありがとう。助かるわ」


 そう言ってカタリーナが完璧な微笑みを向けるだけで、冒険者たちは一気に照れた様子になり、無駄にカッコつけようと肩を回してみたりする。


「褒められるって、いいもんだな」

「俺、もっと真剣に強くなりたくなってきた」


 フランツたちには聞こえない声音で、冒険者たちはそんな会話をした。


 マリーアの下へ戻ってきたカタリーナに、マリーアが呆れた表情で一言。


「あんた、さっきの確実に計算よね? 冒険者たちのやる気を出させるためでしょ」

「うふふ、そんなことはないわ。純粋な感謝の気持ちよ?」

 

 そう言ってパチっとウインクをするカタリーナはとても可愛らしいが、マリーアは疲れた様子でため息を吐く。


(カタリーナが協力したら、フランツの冒険者に対する勘違いを正すことなんてほぼ不可能じゃない。それどころか冒険者がだんだんと、フランツの理想通りになっていくような……)


「――それは、悪いことじゃないわね。むしろいいことだから、止めるのもおかしいかも」


 マリーアが不本意そうに首を傾げると、それを見たカタリーナが不思議そうに問いかけた。


「大丈夫かしら?」

「……ええ、問題ないわ」


 二人がそこまで会話をしたところで、四人組パーティーの移動準備が終わり、フランツが声を張った。


「では、また次の魔物を探そう」

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