第54話 フランツと子爵の話し合い
フランツたちが案内されたのは、子爵邸で最も広くて豪華な応接室だった。上座のソファーにカタリーナ、フランツ、マリーアの順に腰掛け、三人の後ろにはカタリーナの侍女であるレオナと護衛が数人控えている。
そして向かいのソファーに腰掛けるのは、リウネル子爵とその息子フーベルトだ。
「この度は突然の訪問、申し訳なかった。さらに騎士団長としてこの場にいるにもかかわらず、このような服装ですまない。これは身分を証明する紋章だ」
騎士服を着ていないため、フランツが身分証明のために騎士団長としての紋章を差し出すと、それを見た子爵はごくりと生唾を飲み込み、緊張を露わにしながら口を開いた。
「あ、ありがとうございます。お会いできて光栄でございます……フーベルトからフランツ様は、冒険者をされているとお聞きしました」
「そうなのだ。現在は長期休暇中で、冒険者として帝国を巡っている。こちらは冒険者としての仲間であるマリーアだ」
フランツがマリーアを紹介すると、互いに緊張しながらマリーアと子爵が頭を下げ合う。
「今回は同席を許してもらえて感謝する。それから既に知っていると思うが、こちらはエルツベルガー侯爵家のカタリーナ嬢だ」
「カタリーナ・エルツベルガーですわ」
そう言って完璧な笑みを浮かべたカタリーナに、子爵は緊張から何度か噛みながらも挨拶をして、最初の挨拶は終わりとなった。
フランツが子爵の瞳をまっすぐに射抜き、真剣な声音で口を開く。
「ではさっそく本題に入っても良いだろうか。緊急の案件なのだ」
「もちろんでございます。よろしくお願いいたします」
子爵がそう答えながら領主としての表情を浮かべたところで、フランツは持ってきていた魔道具と魔石をテーブルに置いた。
「まずはこれを見てほしい。私たちは様々な要因が重なり、こちらの三人と貴殿の子息であるフーベルト殿の四人で港へ向かったのだが、そこで釣りをしている最中、クラーケンが港に出現した」
そこまでの説明で既に子爵は混乱するような様子を見せたが、すぐに切り替えたのかゆっくりと頷く。そこでフランツは続きを口にした。
「クラーケンの討伐は問題なく達成できた。しかしなぜ港にクラーケンが現れたのかという疑問が生まれたため、一応の調査をすることを決め、私が海に入ったのだ。そこで不自然なものがないかを探ったのだが……海底の岩場に、こちらの魔道具と魔石が引っかかっていたのを発見した」
そこまで説明をしたところでフランツが魔道具と魔石を示すと、子爵は恐る恐るその二つに触れる。
「あまり見たことがない形の、魔道具のようです。魔石も珍しい色合いのようですが……」
「ああ、そちらの魔道具の作り方は、十中八九隣国であるサヴォワ王国のものだ。それからこちらの魔石と糸も、他国の関与を、それもサヴォワ王国の関与がある可能性を強く示していて……」
それからフランツが魔物の分布や糸の生産地などについてを説明すると、リウネル子爵は頭を抱えてしまった。
「なぜサヴォワ王国がうちの港を襲うようなことを……」
「海上貿易に問題はなかったのか?」
「はい。問題がないどころか、とても良好な関係であると思っておりました……領主として情けない限りです」
「いや、まだサヴォワ王国による攻撃だと決まったわけではないのだ。決めつけるべきではない」
フランツがすぐそう伝えると、子爵は姿勢を正して真剣な瞳で頷く。
「確かにそうですね。ありがとうございます。……しかしサヴォワ王国が一番怪しいということは、心に留めておきます」
「ああ、それぐらいが良いだろう。そしてこれからの話なのだが、まずは帝都に連絡をすべきだ。私の方からも既に騎士団へは連絡をしているが、子爵からも王宮に遣いを送ってほしい」
「それはもちろん、すぐに送ります。王宮と、ヴォルシュナー公爵様へも」
子爵のその言葉を聞き、フランツは僅かに逡巡を見せた。黒い噂が絶えず、前からいつか捕らえてやると狙っていたヴォルシュナー公爵に情報を伝えても良いのかと考えたのだ。
(しかし、リウネルの街が属するのはヴォルシュナー公国だ。ヴォルシュナー公爵に報告しないわけにはいかないだろう)
すぐにそう結論づけたフランツは、子爵の言葉に頷いた。
「そうしてほしい。それから港の警備強化と漁の禁止もするべきだと思う」
「漁の禁止……難しいですが、できる限りその方向に進めます。海上貿易はどうすれば良いのでしょうか。突然やめるというのも、正直に理由を告げて良いものか……」
「いや、それは避けてほしい。海上貿易は、続ける方が無難だろうな」
それからフランツと子爵は、サヴォワ王国との内地の国境について監視を強化する方針を決めたり、情報をどこまで明かしても良いのかについて話し合ったりと、活発に意見を交わした。
「では本日はこのぐらいにしておこう。時間を取らせてすまなかった」
「いえ、今回はフランツ様がいてくださって、本当に助かりました。ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いいたします」
「ああ、この件が解決するまでは騎士団長として働くつもりだ。よろしく頼む」
二人は握手を交わし、フランツたちは屋敷を辞した。とりあえず帝都から連絡が来るまでは、警備を強化しながら待機となる。
(大きな問題とならなければ良いが……)
フランツはそう考えながら、サヴォワ王国がある方向に鋭い視線を向けた。
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