第55話 隣国の事情

 シュトール帝国の南西側に位置している隣国サヴォワ王国は、広い国土を誇っているにもかかわらず、貴族たちは権力闘争に明け暮れ悪事が横行し、国民の生活は決して楽とは言えないような国だった。


 しかしそんな国でもなんとか国家運営は存続していたのだが、近年は王家の存続も危うい事態が起きている。


「陛下、帝国の港街リウネルに送っていた間者からの連絡ですが、クラーケンによる港の破壊作戦は失敗したようです」


 宰相である男の言葉を聞き、サヴォワ王国国王は怒りを爆発させた。


「失敗しただと!? そんな報告が許されると思っているのか! あの魔道具と魔石があれば必ず港までクラーケンを誘導できると言っていたのは誰だ!?」

「……そ、それが陛下、クラーケンは作戦通り港を襲ったのです。しかしほぼ港は無傷のまま、クラーケンが討伐されてしまったらしく……」


 その言葉を聞いた国王は、理解不能とばかりに宰相を睨みつけた。


「そんなバカな話があるか! あんな田舎街にクラーケンを討伐できる戦力がいるはずがないだろう? 帝都から送るにしたって、馬で駆けても一週間近くはかかる距離というのは嘘だったのか!?」

「……い、いえ、それは真実です」

「ではなぜ討伐されたんだ! 失敗を誤魔化してるんじゃないのか!?」


 それからしばらく国王は、不機嫌に作戦失敗を非難し続けた。しかし少しして落ち着くと、イライラと机を指先で叩きながら今後の動きを考える。


(あの港を早く壊さなければ、ザイフェルト公爵が今以上に力をつけてしまう。玉座を乗っ取られてなるものか……!)


 現在サヴォワ王国の勢力は完全に二分していて、一つはもちろん現在の王家に忠誠を誓う勢力なのだが、もう一つはサヴォワ王国の海に面した広大な領地を持つ、ザイフェルト公爵を主として立てる勢力だ。


 なぜこのような事態に陥っているのかというと、原因はシュトール帝国との交易路にある。数年前までは山越えをするいくつかの陸路で交易は行われ、それによってサヴォワ王国の王都と他いくつかの街が栄えていた。


 しかし数年前にザイフェルト公爵が治める港街と、シュトール帝国の港街リウネルとで、海上貿易が始まったのだ。

 陸路は険しい山越えが必須だったこともあり、貿易の中心は一気に海へと移った。


 それによって旨みを得たのはザイフェルト公爵で、逆に利益を失った筆頭は交易の中心でもあった王都だ。


「くそっ、ザイフェルトの港街を、王家の関与を隠して破壊することはできないのか!」

「以前も申し上げました通り、そちらは公爵が警戒しているのか警備がかなり厳重でして……。やはり海上貿易を止めるには、シュトール帝国側の港街をどうにかするしか手がないかと」

「しかし失敗したのだろう!?」


 国王は机の上に置かれていた紙に苛立ちをぶつけるように、グシャっと片手で書類を握りつぶした。


(なんとかして公爵の力を削ぐ方法はないのか……! ザイフェルト公爵の領地を取り上げるか? しかしそれほどに横暴なことをすれば、内戦は確実だろう。そうなれば現在の王家が勝てるかどうか……)


 サヴォワ王家は王都の活気がなくなるのと同様に、少しずつ力を衰えさせていた。さらに交易による利益が大幅に減少したため、資金面にも不安を抱えている。


「そもそも海上貿易なんぞを認めなければ……!」

「あの時は認めざるを得ない状況だったかと……」


 宰相が頭を下げながらそう告げた言葉に、国王は机をドンッッと思いっきり殴った。


「宰相、ザイフェルト公爵はいつ動く?」

「先ほども申し上げました通り警備が厳重なため、詳細な情報は得られておりません。……しかし近いうちには国の乗っ取りを仕掛けてくるのではないかと、状況を知る騎士や大臣の見解は一致しております」

「それは軍を率いてここを攻めてくるということだな?」

「……仰るとおりでございます」


 国王は厳しい目つきで宙を睨むと、しばらく黙り込んだ。そして数分後に、もう一度机を殴りつけてからその場に立ち上がる。


「宰相、もう内戦回避と公爵失脚の双方を望むのは諦める。暗躍などせず、正々堂々とザイフェルト公爵軍を蹴散らせば良いのだ!」


 そう宣言した国王は、騎士団に向かうため執務室を後にした。その後ろを宰相が慌てて追いかけ、執務室には誰もいなくなる。


「陛下! それは無謀にございます……!」

「できるかできないかなど聞いていない! 私がやれと言ったら絶対にやるんだ! 死ぬ気で勝てと皆に伝えろ!」

「……か、かしこまりました」


 シュトール帝国の隣国サヴォワ王国では、内戦の火蓋が切られようとしていた。

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