第52話 領主邸へ

 フランツの強さを目の当たりにしたフーベルトは、ただの冒険者だと思っているフランツに呼び寄せられても、嫌な顔一つしなかった。それどころか、従うのが当然といった雰囲気を醸し出している。


「どうしましたか?」


 突然呼ばれたことに不思議そうに首を傾げながらフーベルトが問いかけると、フランツは真剣な表情で口を開いた。

 その表情は冒険者フランツというよりも、第一騎士団長フランツ・バルシュミーデだ。


「リウネル子爵の息子であるフーベルトに話がある。とても重要な話だ」


 先ほどまでとは違う雰囲気のフランツから何かを感じ取ったのか、フーベルトはごくりと喉を鳴らすと、緊張を露わにしながら頷いた。


「は、はい」

「まず私は冒険者フランツと言ったが――実は第一騎士団で騎士団長の任を賜っている、フランツ・バルシュミーデと言う。正式な挨拶が遅れてすまなかった」

「………………はい?」

 

 フーベルトは突然の話に理解が追いつかないのか、たっぷり溜めてから素っ頓狂な声を発した。しかし次第に理解が追いついてきたのか、だらだらと汗を流し始める。


「あ、あ、あの、バルシュミーデ公爵家の、フランツ第一騎士団長、ですか? あ、あなた様が……?」

「そうだ」


 フランツが頷いたのを確認してから、フーベルトは恐る恐るカタリーナに視線を向けた。そこでカタリーナが真実だと言うように頷いたところで、フーベルトはゆっくりとフランツに視線を戻す。


「も、申し訳、ございません。ふ、不敬な態度を……」


 フーベルトが顔色を悪くして謝ろうと頭を下げかけたところで、フランツがフーベルトの肩に手を置いてそれを止めた。


「謝罪は必要ない。私が身分を明かさなかったのだから、貴殿に落ち度は一つもない」

「……あ、ありがとう、ございます」

「それにこれからも周囲に他の者たちがいるところでは、冒険者フランツとして接してもらえると嬉しい」

「そ、それはもちろん……!」


 とりあえず要望には頷くしか選択肢がないとばかりに、食い気味に答えたフーベルトは、答えてから徐々に首を傾けて疑問を口にした。


「……なぜフランツ様は、僕に身分を明かされたのでしょうか」


 その言葉に、フランツは手に持っていた魔道具と魔石を示す。


「これを海の底で見つけたからだ。先ほどのクラーケンはこれらのものを使い、ここまで誘導された可能性が高い。さらに他国の関与も考えられるため、リウネル子爵と直接話がしたいと思っている。そこでフーベルトに仲介を頼みたいのだが」


 説明を聞いたフーベルトは、フランツの正体を知った時よりも顔色を悪くして、何度も頷いた。


「すぐ父上に話を通します……!」

「ありがとう。すまないな」

「いえ、リウネルの街のために尽力してくださり、ありがとうございます。クラーケンという危機から守って下さったことにも、本当に感謝しております」

「帝国の民が危険に晒されていたら、それを守るのは私の責務だ」


 自然とそんな言葉を口にしたフランツに、フーベルトは尊敬と憧れを瞳に宿して、キラキラと輝かせた。


「僕もフランツ様のようになりたいです……!」


 拳を握りしめながらそう言ったフーベルトは、「少しでも近づくために、僕も冒険者になった方が良いのか……」と呟いてから、やる気満々な様子で顔を上げた。


「では、さっそく領主邸に案内させていただきます!」


 それからは張り切ったフーベルトが、騒ぎを聞いて集まってきていたリウネル警備隊にクラーケンの見張りを任せ、四人は港を後にした。



 フーベルトの協力を得たフランツたちは、途中で少し寄り道をしてイザークに連絡を入れてから、領主館へと到着した。


 街の中心から少し内陸寄りに位置している領主館は、子爵としては立派な作りだ。リウネルがサヴォワ王国との海上貿易で近年急速に栄えているため、数年前まではこぢんまりとした館だったが、老朽化もあり建て直されたという経緯がある。


「フ、フーベルト坊ちゃま……!?」


 フランツたちはカタリーナの馬車、つまりエルツベルガー侯爵家の馬車に乗って領主邸に向かったため、その馬車からフーベルトが顔を出したことに、門番たちは驚愕に瞳を見開いた。


「色々と事情があって、カタリーナ様の他にお二人を父上に紹介しなければならないんだ。通しても構わないかな」

「も、もちろんでございます……!」


 子爵家の門番が子爵の子息に逆らうはずもなく、そもそもエルツベルガー侯爵家の馬車を止められるはずもなく、馬車は領主邸の中に入った。


 ゆっくりと進み屋敷前のエントランスに止まると、まずはフーベルトだけが降りる。


「皆さんは少しだけここでお待ちください。父上に話をして参ります」

「分かったわ」

「急な訪問のため、こちらのことは気にしなくて良い」


 カタリーナとフランツの言葉に頷くと、フーベルトは駆け足で屋敷の中に入った。

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