第50話 調査と衝撃の結果

 三人がクラーケンの調査を始めると、周囲での騒ぎも少しおさまり、皆がフランツたちに注目することになった。


 フランツが靴裏に氷魔法で棘を作ってクラーケンの上に登りながら調査をし、マリーアとカタリーナは周囲からクラーケンを調べていく。

 しかし三人ともクラーケンを見たこと自体が初めてのため、調査は順調とは言えないようだ。


(魔物に大きな傷でもあれば、天敵に襲われて逃げたゆえの行動だと分かるのだが……そういうものはなさそうだ)


「特に何もないわね。二人はどう?」

「私も不自然な点は見当たらないわ」

「こちらもだ」


 全員が持ち場での調査を終え、三人が与えた傷以外は特に目に付くものはなかった。そこでマリーアが風魔法を使ってクラーケンを少し浮かせ、その場で反転させる。


 そして反対側も同じように確認したが……やはり何も発見することはできなかった。


「やっぱりフランツの言う通り、魔物がたまにする常識から外れた行動だったってこと?」

「クラーケンを見る限りではそうだな。しかし一応、海も確認しておこう。私が海に入るので、何か長いロープのようなものが欲しいのだが」


 フランツが周囲を見回すと、その声が聞こえていたフーベルトが集まっている街人たちに声を掛け、漁で使うらしい長いロープを手にしてフランツの下に駆けてきた。


「フランツさん、これを使ってください」

「ありがとう、助かる」


 ロープを受け取ったフランツは、身に付けていたものを次々と外していく。さらに上着や靴も脱ぐと、身軽になった体にロープを括り付けた。腰より少し上の位置で、解けないよう特殊な結び方をする。


「あんた、それを付けて海に潜るつもり?」


 準備を終えたフランツにマリーアが問いかけると、フランツは躊躇いなく頷いた。


「ああ、現状ではこれが最適だろう。私は海に潜った経験は数えるほどしかないのだが、湖等では何度も経験があるし、魔法も使えるので問題はない」

「確かに風魔法と水魔法が使えて、あんたぐらい使いこなせれば水の中でも比較的自由に動ける……かもしれないわね」

 

 マリーアは呆れた表情に心配の色も混ぜ、ロープを手にした。


「何かあったらロープを引きなさい。何かなくても一分過ぎて戻ってこなかったら、問答無用で引き上げるわよ」

「いや、二分はいける」

「ダメよ、海はあんまり経験ないんでしょ?」

「……分かった。では頼む」


 そんな二人のやりとりを見て、突然服を脱ぎ始めたフランツに呆気に取られていたカタリーナが、慌てたようにフランツに声をかけた。


「フ、フランツ様、お気をつけてください。決してご無理はなさらぬように」

「ああ、ありがとう」


 フランツは一旦マリーアの手からロープを受け取ると、港に設置された船を固定するための係船柱に結び、またロープをマリーアの手のひらに載せた。


「では頼んだ。カタリーナも頼む」

「お任せください」


 そうして二人に声を掛け、心配そうにフランツを見つめるフーベルトにも会釈をしてから、フランツは綺麗な形で海へ飛び込んだ。


 海に入ったフランツは、まず自身の目の周りに水魔法で継続して水球を作り出し続ける。これによって目を開けていても、瞳に異物が入ることはない。


 さらに風魔法と水魔法を駆使して、周囲を観察しながら一気に底に向けて自身を沈めていった。


(クラーケンが暴れたことによって、やはり視界は良くないな。何かがあるならば、海底に沈んでいる可能性が高いだろう。しかしその何かに見当がつかないため、やはり調査は難航するか……)


 そう考えていたフランツの瞳に、海底にある岩場が見えてきた。ごつごつとした岩場にはところどころで海藻が波に揺れていて、先ほどまでクラーケンが暴れていたからか、魚や魔物の姿は一つも確認できない。


(思っていたよりも浅くて助かったな)


 岩場を巡るようにして、先ほどまでよりもゆっくりと場所を移動していくと――


 フランツの瞳の端に、岩場に引っ掛かる形で動く何かが映った。


 近づいてみると、それは明らかに自然のものではなく、海底にあるのが不自然であるものだ。


(これは、魔道具か? しかもまだ動いているな)


 フランツは危険がないかを目視と魔法も用いて確認してから、両手でそっと魔道具を手にした。すると魔道具に細い糸のようなものが巻き付いているのを発見する。


 その糸を手繰り寄せていくと……その先には、フランツでもかなり驚くものが付いていた。


(なんだこれは。滅多にお目にかかれないほどに巨大な魔石だ。……クラーケンはこれを追って港まで来た可能性が高いな。確かクラーケンの好物は魔石だったはずだ。それも大きければ大きいほど良いと、何かの書物で読んだことがある)


 魔石と魔道具をじっと見つめたフランツは眉間に皺を寄せると、とりあえず海から上がろうと今度は海面に向かって自身を移動させた。


 海から上がったフランツが頭を振って水気を吹き飛ばし、火魔法と風魔法を使って服を乾かし始めると、そんなフランツの下にマリーアとカタリーナが駆け寄った。


「無事で良かった!」

「怪我などはしていませんか? ……それは、なんでしょうか」


 フランツが持つものに気づいた二人は、一気に訝しげな表情を浮かべる。


「これが海底にある岩場に引っかかっていた。こちらの魔道具は、水の中でひたすら一直線に進むよう作られているようだ。そしてそんな魔道具に、細い糸でこの巨大な魔石が繋がれていた。……魔石はクラーケンの好物だ」


 その説明で二人は事態の深刻さに気づき、フランツにさらに近づいた。そして街人たちから魔道具と魔石を隠すようにする。


「これって、クラーケンが現れたのは人為的ってこと?」


 小声で発されたマリーアの言葉に、フランツはゆっくりと頷いた。


「その可能性が高いな」

「誰がそんなことを……」

「……この魔道具の作り方は、帝国のものじゃないわ」


 僅かに言葉を震わせたマリーアに続いて、カタリーナがさらに深刻な事実を口にする。その事実に気づいていたフランツは、カタリーナの言葉に続く形で口を開いた。


「……この作り方は十中八九、隣国の一つであるサヴォワ王国のものだろう」

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