第49話 討伐とクラーケン出現の理由

 フランツが二人に合図をすると共に、クラーケンの頭部に向かって氷魔法を放った。できる限りの魔力を注ぎ込み、広範囲を凍らせていく。


 クラーケンが凍っていく間に、地面を蹴ってクラーケンに飛び込んだのはカタリーナだ。クラーケンの攻撃はマリーアとフランツが魔法で防ぎ、カタリーナはクラーケンの真下まで一直線に向かっていく。


 そして凍った部分を、下から思いっきり空に向かって蹴り上げた。


「姿を……見せなさいっ!」


 カタリーナの蹴りはかなりの威力で、クラーケンの体の大部分が海面に飛び出す。その隙を逃さずにフランツが海上を一瞬だけ凍らせて、クラーケンの真下に大きな氷柱を作り出した。

 氷柱はまっすぐ空に向かって伸びていき、クラーケンの体を完全に海から露出させる。


 海のような動きのある大量の水を凍らせ、さらにそこからクラーケンを持ち上げるほど強度のある氷柱を作り出すなど不可能だと思われることなのだが、フランツはやってのけた。


 さすがに額には汗が滲むが、辛さはあまり感じていない。それどころか口端は持ち上がり、強敵との戦闘を楽しんでいた。


「マリーア!」

「分かってるわ!」


 フランツに声をかけられたマリーアは、一瞬だけ海上に姿を現したクラーケンに対して風魔法を放った。クラーケンを宙に浮かべる魔法と、さらには港に移動させるための強風を放つ魔法だ。


 三人による連続攻撃になすすべもなく――クラーケンは港の上に叩きつけられた。


 しかしまだ息があり、予想以上の素早さで海に戻ろうとする。そんなクラーケンにフランツが飛び込んでいき、風魔法と共に剣を深く突き刺した。

 剣は根元までクラーケンに突き刺さり、その瞬間にフランツは全力で剣先から雷撃を放つ。


 ドンッッという衝撃音が、辺りに響き渡った。


 フランツは雷に巻き込まれないよう、雷撃を放つ少し前に剣の柄を足場にしてクラーケンから離れた場所に着地しており、怪我人はゼロだ。

 皆がじっと見つめる中、クラーケンはビクビクと僅かに動くだけとなっており、そのうちに力なく港に倒れた。


 倒れて少ししてからフランツが剣を抜きに向かい、死亡確認をしたら、クラーケンの討伐は完了だ。被害は港が少し傷ついただけで、被害なしと言っても問題ない程度だった。


「皆、クラーケンは討伐した! もう安全だ!」


 心配そうに戦いを見守っていた港街の住人にフランツが告げると、辺りはお祭りのような騒ぎになった。皆がフランツたちを讃え、無事を喜び合う。


 そんな中でフランツの下にはマリーアとカタリーナが集まり、さらには街人に紛れて三人の戦いを見守っていたフーベルトも駆け寄ってきた。


「み、み、皆さん、大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない。それよりも港が少し傷ついてしまった。こちらは大丈夫か?」

「はい、それは問題ないはずです。……僕は全くお役に立てず、申し訳ありません」


 そう言って視線を下げたフーベルトに、マリーアが優しい笑みを浮かべてフーベルトの背中を軽く叩いた。


「人には向き不向きがあるのよ。戦闘はそれが向いてる人に任せておけばいいの」


 フーベルトはその言葉で気持ちが持ち上がったのか、顔を上げるとしっかりと頷く。


「はい、僕は僕の役割を果たします。……ただカタリーナ様がここまでお強いなんて驚きました。それにフランツさんとマリーアさんも、冒険者とはここまで強い存在でしたでしょうか……?」


 フーベルトの疑問に、フランツが冒険者の素晴らしさを語ろうと笑顔で口を開きかけたその時、カタリーナが真剣な声音で呟いた。


「なぜ、クラーケンが現れたのかしら」


 誰に聞かせるでもない小さな声だったが、三人の耳には辛うじて届く。その呟きにすぐ反応したのはマリーアだ。


「わたしもそこは突き詰めた方がいいと思うわ。港にクラーケンが現れるなんて、普通はあり得ないでしょ。なんでフランツといると、こういう信じられない事態に次々と遭遇するのよ」

「確かに……僕もクラーケンの出現は、聞いたことがないです」


 続けてフーベルトも不自然だと主張したが、フランツだけは少し違う主張を口にした。


「確かに常日頃あることではないだろうが、稀に発生する事態とは言えないか? 魔物は予測不能な動きをするものだ。いつだってイレギュラーはある」


 今までの経験からのフランツの言葉に、三人は納得できるようなできないような、微妙な表情を浮かべた。


「それはそうだけど……でもクラーケンよ? わたしは詳しくないけど、普通はもっと沖にいるんじゃないの?」

「はい。沖に半日近く船を進めると、生息域に入ると聞いたことがあります」


 マリーアの疑問には、フーベルトがすぐに答える。それを聞いて、フランツも難しい表情で考え込んだ。


(確かに自然なことではないな。しかし、魔物に常識は通じないものだ。さらにクラーケンが突然港へ移動する理由など、そんなものが存在するのだろうか。天敵に追われるなどということは考えにくい上に、餌などいくらでも沖で確保できるはずだ)

 

 全員が口を閉じて、クラーケン討伐に湧く周囲とは対照的に沈黙が場を満たす。


 それからしばらく全員が頭を悩ませ、沈黙を破ったのはフランツだった。フランツは騎士団長として働いている時の表情で、まとめた意見を口にする。


「とりあえず、不自然な箇所がないかの調査は軽く済ませよう。クラーケン本体と海中に何かがないか程度ならば、私たちだけで確認できる。ただそれ以上となると、かなり労力が掛かるだろう。それをやるのかどうかは、リウネル子爵の判断だな」

「そうね、悩んでても仕方ないもの。ここでできるだけのことはして、後はフーベルトに任せるわ」

「私もそれに賛成ですわ。フーベルト、あなたからリウネル子爵に此度の出来事を伝えるのよ」


 カタリーナにそう頼まれたフーベルトは、緊張を顔に浮かべながらも「はいっ」と返事をした。


「ではさっそくクラーケン本体から調べよう。フーベルト、集まっている皆にしばらくは近づかないようにと伝えておいてくれ」


 クラーケンを怖がっていた街人たちは、だんだんと恐怖心よりも好奇心が勝ってきているのか、少しずつクラーケンに近づいてきている。


「分かりました」


 フーベルトが頼もしい表情で頷き野次馬たちの下へ向かったのを見送ってから、三人はまずクラーケンを端から確認していくことにした。

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