第48話 あり得ないはずが現実に
フランツが左手をクラーケンに向けると、一瞬後にはクラーケンの頭の一部が凍り始めた。するとその瞬間、カタリーナがクラーケンに向けて飛び込んでいく。
思いっきり繰り出された右拳による一撃は、クラーケンを港から引き剥がすほどの威力だった。
バッシャーンッと水飛沫が上がり、クラーケンは海に沈んでいく。しかしすぐに復活すると、先ほどよりも怒った様子でまた港に足を伸ばした。
「あんた、そんなに強かったの……?」
身軽に地面を蹴りながら二人の下へ戻ってきたカタリーナに、マリーアが驚きと呆れが滲んだ瞳を向けた。
「うふふ、少しだけ武芸を嗜んでいるのよ」
「いや、明らかに少しだけじゃないでしょ。というかこんなに強いなら、レッドボアなんて一撃じゃない」
「……おほほほほ、あの時は少し調子が悪くて、護衛に任せていたの」
「へぇ〜」
マリーアが全く信じていない声音で答えていると、今度はフランツが凍らせたクラーケンに向けて石弾を放った。それによってクラーケンはダメージを受けるが、今度は港から離れることはなく、三人に向けて何本もの足を伸ばしてくる。
バンッ、バンッッ、と振り下ろされる足を三人は避けながら、次の攻撃の隙を探った。
「次はわたしよ!」
そう叫んだマリーアが杖を握りしめ、クラーケンに向けて風弾を放つ。さらに同じ場所に向けて、今度は風の刃を正確に撃った。
すると最初の風弾によって粘液が吹き飛んだクラーケンの皮膚は、風弾によって傷ついたようだ。
それにマリーアがガッツポーズをする中、フランツも自ら風弾を放ち、粘液が吹き飛んだ場所に飛び込んでいく。剣を突き刺すとグサっと深く刺さり、フランツはその瞬間に剣先から発動するように雷魔法を撃った。
「グギャアァァァ!」
雷撃を体内に喰らったクラーケンは叫び声のような不気味な音を発しながら、ビクビクと全身を震わせて海に逃げた。
「――もう襲ってこないの?」
しばらくしてもクラーケンが顔を出さないため、マリーアがそう呟いた直後、三人から少し離れた場所にあった多くの船が停泊している場所に、クラーケンが出現する。
怒りに任せてクラーケンが破壊を始めたのは――停泊している多くの船だ。
「お、俺の船が……!」
「誰かあいつを止めてくれ……!」
「怪物め!!」
遠くで戦いを見守っていた人たちの中から悲痛な声が上がり、その中から何人かが慣れてない様子で武器を持った。そしてクラーケンに向けて必死の形相で駆けていく。
「ちょっ、危ないわよ!」
マリーアの叫びにも足を止めず船に駆け寄った数人に、クラーケンの足が襲いかかった。
振り下ろされた足によって漁師たちが潰される――
誰もがそう思った瞬間、間一髪でフランツがクラーケンと漁師たちの間に入り、足を凍らせてから剣で弾いた。
ガキンッという音と共に、フランツの声が響く。
「皆は危ないから下がっていてくれ! あいつは必ず私が倒す!」
思わず従ってしまうようなフランツの声音に、暴走しかけていた漁師たちは素直に頷いた。
「わ、分かったぜ」
「俺の船を頼む……!」
それを確認する暇もないまま、フランツはクラーケンと戦闘を繰り広げた。四方から襲ってくるクラーケンの足を魔法と剣を駆使して受け流し、僅かずつでもダメージを与えていく。
一度でもクラーケンに囚われてしまえば、そのまま握りつぶされるか海に引き摺り込まれるかの、普通ならば恐怖心と隣り合わせの戦いだが、フランツは落ち着いた様子でクラーケンの動きを観察していた。
(動きにあまり規則性はないな……どうにも決定打を与えられない。私には海の魔物との戦闘経験が足りないようだ。海中に逃げられてしまわないよう、倒すには一撃で息の根を止める必要があるが、どうするか)
そこまで考えたところで、クラーケンが突然今までと違う動きをした。それぞれが別の意思を持つかのように動いていた何本もの足が、突然一ヶ所にまとまったのだ。
何が来るのかとフランツが身構えた瞬間、そこから信じられない水量と威力の水弾が放たれた。
「っ……!」
咄嗟に風魔法で水弾を相殺しようとしたフランツだったが、あまりの大きさに完全には止めることができず、フランツの後ろに形が崩れた水弾が飛んでいった。
水とはいえ量と速度があれば、それは建物を容易に崩壊させ、人の命を奪うものだ。そんな水弾が港に建てられた建物と、フランツたちの戦いを見守っていた人たちに向かっていく。
大惨事になる、誰もがそう思いつつも対処の術を持たず立ち尽くしていたところに、突然竜巻が発生した。
「うっ……何よこの水弾の威力」
発生させたのはマリーアだ。マリーアの風魔法によって出現した竜巻は、水を巻き込んで上空に持ち上げ、水の粒を雨以上に細かくした。
それによって一帯にミストのような水は降り注いだが、被害はゼロだ。竜巻も周囲には被害が出ないよう、完璧にコントロールされていた。
「マリーア、ありがとう。さすがのコントロールだな!」
振り返ったフランツがそう告げると、マリーアは嬉しそうに口端を持ち上げた。
「当たり前でしょ。風魔法ならあんたにも負けないわ」
その言葉にフランツも楽しげに口角を上げ、またクラーケンに視線を戻した。水弾が防がれたクラーケンは、さらに攻撃を激しくしている。
(先ほどの雷撃が効いていたことを考えると、一撃で倒すには雷魔法が良いかもしれない。もう少し深く剣を突き刺して雷撃を撃てば、絶命させられる可能性がある。しかし問題は……)
フランツはクラーケンの視線を避けながらも周囲を見回し、僅かに眉間に皺を寄せた。
(ここが海ということだな。海中での強い雷撃は周囲を危険に晒すためリスクが高い。クラーケンが港に上がってきてくれると楽なんだが、先ほどからずっと半身は海に入ったままだ)
そこまで考えたところでカタリーナとマリーアも戦闘に復帰し、三人でクラーケンの攻撃を捌いていく。そんな最中、フランツの中に一つの勝ち筋が思い浮かんだ。
「マリーア、カタリーナ、少し手伝ってもらいたいことがあるのだが!」
フランツの叫びに二人はすぐ反応した。
「何をすればいいの?」
「もちろん構いませんわ!」
その返答を聞いて、フランツはクラーケンの足を捌きながら、それぞれに作戦を耳打ちする。作戦を聞いた二人はやる気を瞳に宿して、好戦的な笑みを見せた。
「ではいくぞ!」
「はいっ!」
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