第47話 釣りをすると大型魔物に襲われる?

 次の日の早朝。昨日の食事後に向かった釣具屋で、釣りは早い時間からするべきとのアドバイスを受けた四人は、日が昇り始める時間にはすでに釣りを開始していた。


 釣りをしている場所は、しっかりと整備された港の一角だ。砂浜があるような場所ではなく、石などでしっかりと足場を固められ、すぐそこの海でも結構な水深があるような場所である。


「結構釣れるのね! 楽しいじゃない」


 十匹目となる小ぶりな魚を釣り上げながら、マリーアが笑顔でそう告げる。するとその隣で竿を握っていたカタリーナが、引き攣った笑みで自分のバケツを見つめた。


 そこに入っている魚は、〇匹だ。


「なんで私は釣れないのかしら……!」


 小声でそう言ったカタリーナは、釣り竿を握る手に力を入れる。


「皆、こちらの方が大きな魚が釣れるかもしれない」


 マリーアと同様に釣りの才能があったのか運が良いのか、すでに十匹以上の魚を釣り上げているフランツは、少し離れた場所で手を振った。


 それにマリーアが笑顔で答え、マリーアと競うようにしてカタリーナも返事をする。


「次はそっちに行くわ〜」

「わ、私も行きます……!」

「僕はもう少しここで粘ります」


 設置された椅子に座って水面をじっと見つめるフーベルトのバケツには、魚が一匹だけだ。


 ちなみに今日は友人として釣りをするのだとカタリーナが宣言したことで、四人の間で身分による敬称や敬語はなしという方針になった。


 しかしカタリーナはフランツに対してだけ、そしてフーベルトは全員に丁寧な言葉を使ったままでいる。最初はなぜ侯爵令嬢であるカタリーナがフランツに敬語をと首を傾げていたフーベルトだったが、もう釣りに夢中で慣れたようだ。


 さらにマリーアはしばらくカタリーナへの接し方に悩んでいるようだったが、途中で吹っ切れたのかフランツへの接し方と同じに定まったところで、不思議とカタリーナとの距離が縮まっていた。


「絶対マリーアには負けないわ!」


 少し素が出ているのか、僅かに眉間に皺を寄せながらカタリーナが宣言すると、それを受けたマリーアは面倒くさそうに手をひらひらと振る。


「勝ち負けに拘らなくてもいいじゃない」

「いいえ、大切なことだわ!」


 早朝に釣りを始めて数時間。マリーアの対応はかなり雑になっているが、カタリーナは気にしていないようで、マリーアを咎めることは今のところなかった。


「別にわたしは勝とうなんて思ってないのよね」

「そう余裕でいられるのも今のうちよ……!」


 マリーアに好戦的な笑みを向けたカタリーナは、マリーアを追い越してフランツの下に向かった。フランツに向ける笑顔は、完璧な貴族令嬢らしい可憐な笑みだ。


 そんなカタリーナを見て、マリーアはため息を吐きつつ口角を上げる。


「……フランツの婚約者だって聞いた時は先が思いやられたけど、案外仲良くなれそうで良かったわ。やっぱりフランツほどの人材に、変な婚約者は選ばれないのね。――カタリーナが普通の令嬢かはさておいて」


 小さな声でそう呟いたマリーアは、もっと魚を釣ろうと釣り竿を握り直しながら、二人の下へ向かった。



 そうして皆で釣りを楽しんでいると――


 突然、遠くから何かがこちらに高速で向かってくるような、盛り上がった波が全員の視界に映った。


「あれ、何かしら」


 一番に気づいたのはマリーアだ。そしてそれとほぼ同時に、足りなくなった釣りの餌を調達に少し海から離れていたフランツが、真剣な表情で海に駆け寄る。


「魔物だ! それもかなり強いぞ!」


 フランツの叫びにカタリーナとフーベルトは呆然として動けなかったが、マリーアがすぐに動いた。

 港へと一直線に向かってきている魔物に対し風魔法で風弾をぶつけながら、二人の手を引いて海から内陸に移動させる。


 そんな三人の動きを横目に見ながら、フランツは腰に差していた剣を抜いて油断なく構えた。


 マリーアの風弾によって波が吹き飛び、海面に姿を現したのは……流線型の赤い何かだ。まだ海面に見えているのは一部であることを考えると、信じられないほどに大きいことが予想される。


 フランツはその魔物を睨みつけ、周辺にいる者たちにも聞こえるように大声で告げた。


「クラーケンだ!! 海からすぐに離れろ……!」


 フランツのその言葉を聞いて、呆然と立ち尽くしていた船乗りや釣り人、さらには港で働く人々が一斉に内陸に向かって駆けていく。


 それを確認してから、フランツはもう一度剣を握り直した。


 ――ドンンッッ。


 かなりの速度で移動していたクラーケンは、港に激突すると鈍い音を響かせて止まった。そして少しの沈黙が場を支配し、次の瞬間。


 クラーケンにある幾つもの縦横無尽に動く足が、うねうねと不規則な動きをしながら、海から港に乗り上げてきた。無数に付いている吸盤が港に張り付き、どんどんその姿を海から現す。


 そんなクラーケンに、フランツは剣を構えて飛びかかった。


「はっ!」


 クラーケンの頭なのだろう部分を狙った攻撃は、粘液のようなもので覆われたクラーケンには全く効果がなく、剣が滑っただけだ。


「やはり剣は効かないか……」


 一本の足がうねうねと不規則な動きをしながら宙に持ち上がり、明確にフランツを狙って振り下ろされる。その速度は常人では目で追えないほどで、フランツが避けた場所は石造りの港の地面が少し割れていた。


「早急に倒さなければ港が壊されるな」


 フランツがどう攻めるかと考えていると、マリーアとカタリーナがフランツの下に戻ってくる。


「なんでクラーケンなんて現れるのよ! 今回こそは絶対にあり得ないと思ってたのに!」


 マリーアはフランツに向かってそう叫んだが、そうしている間にもクラーケンの攻撃が三人を襲った。


 それをフランツが防いだところで、マリーアはため息を吐きながら杖を構え直す。


「とりあえず、わたしも加勢するわ。早く倒さないと港が大変なとこになる」

「私も戦いますわ」


 カタリーナもやる気十分な様子で、拳を握りしめた。その拳には一見オシャレに見えるのだが、よく見ると棘がついた凶悪なナックルが装着されている。


 ちなみにカタリーナは、釣りをするからとドレスではなくパンツスタイルだ。豪華ではあるのだが、戦うのに支障はない。


「ありがとう。私とは相性が悪く攻めあぐねていたので、助かる。体に纏っている粘液によって物理攻撃が効かないので、まずは凍らせようと思うのだがどうだろうか」

「確かにありね。後は風魔法で粘液を吹き飛ばして、その瞬間に攻撃するのもいいんじゃない?」


 マリーアの提案にフランツは口角を上げて頷き、三人はクラーケンに好戦的な視線を向けた。


「どちらも順にやってみましょう」

「そうだな。ではまず氷からだ」

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