第45話 レストランと訪問者
リウネルの街中を馬車がゆっくりと進んでいくと、窓の外に視線を向けていたマリーアの瞳が輝いていく。フランツも窓の外を見つめ、楽しげに口端を持ち上げた。
「やはり港街というのは、その気候などから街並みが内陸とは違うな」
「そうみたいね……初めて見たわ」
「マリーアは港街に来たことがないのか?」
「あまり意識はしてなかったけど、よく考えたら初めてね。フランツは来たことあるの?」
「仕事ではあるが、それでも数えられる程度だ」
そうして二人が街並みを楽しんでいると、カタリーナも興奮を抑えきれないというように瞳を見開き、窓の外を眺めていた。
「なんだか楽しい気分になりますわ……」
素で呟かれたようなカタリーナの小さな声には気持ちがこもっていて、それが聞こえたフランツは明るい笑みを見せる。
「ああ、ここへ旅行に来たくなるのも分かるな」
「……や、やはりここを選んで、正解でしたわ」
素の呟きが聞かれていたからか、フランツに不意打ちで笑顔を向けられたからか、カタリーナは動揺を露わにして頬を赤らめた。
そうして皆で街並みを眺めていると、すぐに目的の店へと到着する。その店は街一番の大通り沿いにある、五階建ての大きな建物だった。
とても立派で外観が豪華なその建物の外には、すでに迎えの従業員が待っている。
侯爵家というのは公爵家ほどじゃないにしろ、大きな影響力を持つ貴族だ。
「カタリーナ・エルツベルガー様、ようこそお越しくださいました」
皆が馬車から降りると従業員は頭を下げ、カタリーナはそんな従業員に笑顔で声を掛けた。
「出迎えありがとう。貴店のお料理を口にできることを楽しみにしていたわ。本日はよろしくね」
そう言って完璧な微笑みを見せたカタリーナに、従業員たちの一部は見惚れたようにボケっと動きを止める。
カタリーナは少し残念な部分もあるが、基本的には優秀な侯爵家のご令嬢だ。
「せ、精一杯腕を振るわせていただきます。では中へどうぞ……二名の方が同席されるとのことでしたが、後ろのお二方でしょうか」
「ええ、冒険者のフランツさんとマリーアさんよ。道中で魔物に襲われているところを助けていただいたの。二人にも私と同じような対応を頼むわね」
「か、かしこまりましたっ」
そうして三人は店の中に入り、二階の個室に案内された。部屋の中には円形の豪華なテーブルが置かれていて、そこには椅子が三つ設置されている。
部屋の奥側にあたる上座にカタリーナが腰掛け、その両脇にフランツとマリーアが座った。フランツとマリーアは向き合うような席の位置だ。
店員はメニューをそれぞれに手渡すと礼をして部屋から出ていき、中には三人とカタリーナの侍女であるレオナだけになる。
「こんなに豪華な場所で食事をするのは初めてよ……」
少しの緊張を滲ませながら部屋の中に視線を巡らせたマリーアは、机を挟んで向かいに座るフランツに意識を向けながらそう呟いた。
「普段は居酒屋しか行かないからな」
そう答えたフランツに、カタリーナが少し身を乗り出す。
「そうなのですか? 居酒屋とは庶民向けの飲み屋だと思いますが、居心地は良いのでしょうか」
「ああ、とても楽しいな。料理もお酒も悪くない。確かにこのような店の方が食事の美味しさだけを見れば上だと思うが、居酒屋は冒険者に必須だからな。あの雰囲気込みで好きだ」
高級レストランで居酒屋愛を語るフランツにマリーアは呆れた瞳を向け、カタリーナは瞳を輝かせた。
「私もぜひ、一度お邪魔してみたいですわ」
「行ってみると良い。おすすめの店を……と言いたいところだが、私もこの街の居酒屋は全く知らないからな。帝都の居酒屋で良ければ店名を教えよう」
完全な善意でにこやかな笑みを浮かべながらそう言ったフランツに、カタリーナは僅かに笑顔を引き攣らせながら感謝を口にした。
「あ、ありがとうございます」
――一緒に行こうと言ってくだされば良いのに!
カタリーナのそんな心の叫びは、マリーアとレオナには伝わったが、フランツには伝わらなかった。
「ではさっそく注文をしよう」
フランツのその言葉で話は切り替わり、注文する料理を決めることになる。この店はメニューが豊富で、何ページにもメニュー名が羅列されているため、特にマリーアはどれを頼めば良いのかと悩んでいる様子だ。
「やはり港街に来たのだから、海鮮料理を中心に頼みたいな」
「フランツ様、サラダなどは大皿なようですから、皆で一つ頼みレオナに取り分けてもらいませんか?」
「そうだな。ではどのサラダにする?」
「やはりこの、シーフードが良いのではないでしょうか」
フランツとカタリーナの話し合いで次々と注文する食事が決まっていく中、マリーアはメニュー名を追いかけるだけで精一杯なようだ。
貴族向けのレストランにはメニューが豊富なことが多いが、庶民向けの食堂や居酒屋には数えられるほどの固定メニューしかないことが多く、庶民は注文する食事を選ぶということに慣れていない。
普段は選ぶとしても、せいぜい塩焼きかタレ焼きか程度の選択だ。
「マリーア、メインは一人一つ頼むことになるが、何が良い?」
「そ、そうね……じゃあこのシーフードパスタにするわ」
「分かった。では私はこちらのオーブン焼きにしよう」
「私はどれも気になるので、シェフのおすすめにいたします」
そうして全員の注文が済んだところで、カタリーナがサービスのお茶を口に運びながら、フランツに何気なく話を振った。
「そういえば、フランツ様は婚約者をもうお決めになったのですか? 今のところ三人の候補者がいると聞きましたが」
何気なさを装いながらも緊張を隠しきれず、カタリーナは小刻みに震えた手で慎重にカップを置く。するとカップが置かれたところで、フランツが口を開いた。
「まだ決めていないな。そもそも結婚は帝国の情勢やバルシュミーデ公爵家のためにするものだ。したがって父上に一任している」
「公爵閣下に一任を……で、では、フランツ様のお心は関係ないのですか?」
「そういうものだろう?」
普通は貴族でもここまで割り切っている者は少ないのだが、当然だというようにフランツが断じたことで、カタリーナは二の句を継げない。
しかし少しして気を取り直したように頭を横に振ると、また可憐な笑みを見せた。
「確かに仰る通りですわ。しかし候補に上がっているということは、帝国とバルシュミーデ公爵家のどちらにとっても利となる相手ということでしょう。ならば候補者の中から誰を選ばれるのかは、フランツ様が決めてもよろしいのではないでしょうか」
――だからフランツ様、私を選んで良いのですよ!
そう内心で力強く唱えながら、カタリーナは表面上は穏やかに微笑んだ。
「ほう、それも一理あるな。――しかし私は正直、恋愛感情というものはよく分からないのだ。したがって私が選ぶとしても、結局は家の者の意見を採用することになるため、父上と同じ選択になるだろう」
フランツが発した言葉に、カタリーナは僅かに体をガクッと傾かせた。しかしまた背筋を正して笑みを浮かべ、これは逆にチャンスだとさらに言葉を重ねようと思ったところで……個室のドアがノックされた。
料理が運ばれてくるにしては早い時間に、皆は不思議そうに視線を向ける。
「何かしら。開けて良いわ」
カタリーナのその言葉にレオナがドアを開くと、中に入ってきたのは眉を下げて困り顔の従業員だった。
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