第44話 港街に到着
「フランツ様、どうぞ馬車へ」
僅かに不機嫌さが滲んでいたカタリーナのその言葉を聞いて、マリーアはビクッと体を揺らした。ガバッと馬車の中に視線を向けたところで、少し怖い笑顔のカタリーナと見つめ合う。
カタリーナの笑顔に顔を引き攣らせながらも、マリーアはギギギ……と首を回してフランツに視線を戻すと、素早くフランツの背中を押して馬車の中に押し込んだ。
「は、早く乗りなさい!」
突然慌て出したマリーアに、フランツは困惑気味だ。
「マリーア、どうしたんだ? 押されなくても乗るぞ?」
「分かったから早くしなさい!」
マリーアのあまりの勢いにフランツが押されながら馬車に乗り込んだところで、マリーアは馬車から離れようとしたのか足を一歩後ろに下げた。しかしその瞬間に、カタリーナが声を掛ける。
「マリーアさんもどうぞ」
その言葉にまたしてもビクッと体を震わせたマリーアは、ぎこちない動きで頷いた。
「は、はい……」
緊張に顔を強張らせながら馬車に乗り込んだマリーアは、カタリーナの斜め前の席に浅く腰掛ける。
フランツがカタリーナの向かいの席に座っているので隣なのだが、最大限にフランツから距離を取るためか、マリーアは体の左側を馬車の壁にピタッとくっつけた。
そんなマリーアに、可愛らしい笑みを浮かべたカタリーナが声を掛ける。もうカタリーナの表情に不機嫌さは微塵も残っていなく、完璧な淑女の微笑みだ。
「お二人は仲が良いのですね」
「ま、まあ、二人で冒険者をしていますので……」
マリーアがそう答えると、カタリーナは笑みを深めて口を開いた。
「あら、マリーアさん。私にもフランツ様と同じように接してくださって良いのですよ? 敬語や敬称は必要ありませんわ」
「――わ、分かったわ。カタリーナ……さん」
「はい! ぜひ仲良くしてくださいね」
躊躇いながらもマリーアがラフな口調で声を掛けると、カタリーナは嬉しそうに両手を頬の横で合わせる。一見すると親しみがこもったカタリーナの様子だが、マリーアの表情は強張ったままだ。
そんなマリーアの様子を見て、フランツは考えた。
(やはりマリーアは緊張しているな……普段は関わることがない貴族令嬢と接しているのだから、仕方がないか。しかしカタリーナ嬢は理不尽を言うような令嬢ではないから、あまり固くならなくとも良いのだが)
マリーアはカタリーナが貴族令嬢だからではなく、カタリーナがフランツの婚約者候補であり、言動を間違えれば敵と見做される可能性があるからこそ緊張して怯えているのだが、フランツは気づかない。
(カタリーナ嬢は武芸に秀でているということであるし、ここは共通点である戦いに関する話題を振るのはどうだろうか。そうだな……強大な魔物をどう倒すのかに関する考察など良さそうだ)
そう考えたフランツの表情は、満足げな笑顔だ。
今までその才能を遺憾なく発揮するために時間を使い、貴族令嬢と接するような時間は全く持ってこなかったフランツは、令嬢が好むような話題を持ち合わせていない。それどころか、女性の心の機微も分からない有様だ。
「二人とも、少し時間があるようだしサンダーレパードと一人で相対した場合にどう対処するかについて、話をするのはどうだろう。マリーアも話題がある方が話しやすいだろう」
それからは騎士団で開かれる勉強会の議題のような会話を三人ですることになり、カタリーナは自らの実力を知られていることに遠い目を、マリーアはズレたフランツに遠い目をして、表面上は和やかに時間が過ぎていった。
(もしかして、話題を間違えたか……?)
二人の反応にそう思ったフランツだったが、方向転換するような技量はもちろん持ち合わせていなく、そのまま会話は続いていく。
それからしばらくしてレオナが馬車の扉をノックしたことにより、三人の会話は中断となった。
扉を開いたレオナに全員の視線が集まる。
「カタリーナお嬢様、レッドボアは解体し、可食部と素材として使える部分は持てるだけ確保いたしました。残りは乗合馬車に渡し、それでも残った部分は埋めてあります」
「ありがとう。では出発しましょうか」
「かしこまりました」
レオナが馬車に乗り込んでから出発準備は早急に進められ、すぐに馬車は動き出した。
リウネルに到着したのは昼を少し過ぎた頃で、フランツたちが乗った馬車は外門に少しできていた列に並ばず、そのまま門に入った。
基本的に貴族の紋章が付いた馬車は、最優先で通されるのだ。
「エ、エルツベルガー侯爵家の皆様、少しだけ中を改めさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「構わないわ」
門番である警備兵の少し緊張が滲んだ言葉にカタリーナが答え、レオナが窓を開ける。
「ご協力ありがとうございます。乗られているのはどなたかお聞きしたいのですが……それからできればで構いませんが、リウネルご訪問の目的も」
「目的は観光よ。乗っているのは私、カタリーナ・エルツベルガーとその侍女であるレオナ。それから道中で助けていただいた冒険者のフランツさんとマリーアさんね」
カタリーナが答えると警備兵はさらっとだけ中を確認し、すぐに一歩下がった。
「ご協力ありがとうございました。問題ありませんので、お通りください」
そうして街中に入ったところで、カタリーナがフランツに視線を向ける。
「フランツ様、このような対応で良かったでしょうか。フランツ様に敬称を付けないというのは、大変心苦しいのですが……」
「問題なかった。この後も周囲に人がいる場合は、私に対しては冒険者フランツとして接してくれるとありがたい」
「かしこまりました」
僅かに眉を下げていたカタリーナは、フランツの問題ないという言葉に安心したように微笑んだ。そして切り替えるように両手を胸の前で斜めに合わせると、笑顔で提案する。
「ではフランツ様、この後はさっそくお食事でもどうでしょうか。ちょうどお昼時ですもの」
「そうだな……確かに空腹を感じているため構わないが、マリーアはどうだ?」
「わたしも少しお腹が空いたわ」
「ではちょうど良いですね。実はリウネルに来たならば必ず寄りたいと思っていたレストランがありまして、そちらに向かうので構いませんでしょうか」
「ああ、任せよう」
そうしてフランツたちは、カタリーナおすすめのレストランに向かうことになった。
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