第4章 港街での大騒動
第43話 魔物に襲われているご令嬢
「大丈夫か! 助けはいるだろうか!?」
フランツとマリーアは、レッドボアによる襲撃を受けている豪華な馬車の下に駆け寄った。
フランツが声を張って馬車近くにいるレオナに問いかけると、チラッと二人に視線を向けたレオナが軽く頭を下げながら答える。
「ぜひ、よろしくお願いいたします」
その言葉を聞いて、二人はレッドボアに向けて魔法を放った。レッドボアは火魔法を操る魔物なので、フランツは水弾を、マリーアは万が一にも風によって炎を増幅させないように、空気を圧縮させた小さな風弾を放つ。
それによってレッドボアは地面に倒れ、残った個体もフランツが剣で切り伏せたことで、ほとんど抵抗を受ける間もなく討伐は完了した。
剣を鞘に仕舞ったフランツは周囲を見回して首を傾げ、マリーアもレオナのすぐ近くで止まり、訝しげに眉間に皺を寄せる。
「護衛はいないの? レオナさんだけで戦ってたみたいだけど」
「それにレッドボアならば、レオナさんの鞭で倒せるのではないか?」
「そうよね。本気で戦っているようには見えなかったけど……それにそもそも、何でここにいるのよ。レオナさんはギルド職員じゃなかったの?」
二人が次々と口にする疑問に、レオナは澄ました顔で答えた。
「レッドボアは数が多く、私だけで倒し切るには時間が掛かりました。なので助けていただけて、とても助かりました。それから私はギルド職員ではなく、あの時はたまたまギルドの手伝いをしていたんです。また護衛ですが、誰が作ったのかそちらの落とし穴に落ちてしまい……」
そう言ってレオナが指差した先には、落とし穴に落ちた護衛が五名ほどいた。そんな護衛たちのことを見下ろしたマリーアは、胡乱げな眼差しを向ける。
「このぐらいの落とし穴、すぐ出られるでしょ」
「い、いえ、落とし穴の底に粘性の何かが仕掛けられていて、上手く抜け出せず……!」
女性の護衛が若干棒読みでそう言ったところで、閉まっていた馬車の扉が開いて、一人の令嬢が姿を現した。
ピンク色のふわふわなロングヘアをハーフアップにしたその令嬢は、カタリーナ・エルツベルガーだ。
「レオナ、魔物は倒せたの……?」
不安げな色を瞳に宿しながら顔を出したカタリーナは、フランツの姿を見つけると、途端にパァッと顔を明るくした。
「フランツ様!」
元気よく、しかし優雅さは失わずに馬車から降りたカタリーナは、フランツの手を取って上目遣いで告げる。
「もしかして、私たちを魔物の手から救ってくださったのですか! ありがとうございます。私、とても怖くて」
カタリーナの言葉にフランツは少し首を傾げると、疑問をそのままぶつけた。
「カタリーナ嬢の実力ならば、レッドボア程度は拳で一撃だろう?」
フランツのその言葉に、完璧な笑顔だったカタリーナの表情が少し崩れる。
「な、な、何のことでしょう。おほほほほー!」
――何でフランツ様が私の強さを知ってるの!?
内心でそう叫びつつも、カタリーナはまた笑顔を作る。
「そ、それよりもフランツ様、お会いできてとても嬉しいですわ。私はフランツ様の婚約者候補に選んでいただいたと聞いております。一度、ゆっくりお話しをしたいと思っておりました。フランツ様はなぜこちらへ?」
無理やり話を変えたカタリーナに、フランツはまだ少し首を傾げつつも、素直に答えた。
「私は現在、長期休暇をもらって冒険者として活動しているのだ」
「まあ、そうなのですね! 素敵ですわ」
冒険者としての活動をすぐに素敵と評してくれたカタリーナに、フランツは少し頬を緩めて口角を上げた。
「ありがとう。とても充実した日々を過ごしている。カタリーナ嬢はなぜこちらへ?」
「私は観光で来ておりました。この先にあるリウネルという港街で、海を楽しもうかと」
「それでは行き先は同じだな。私たちもリウネルへ向かっていたのだ」
「それは偶然ですね! ではフランツ様、助けていただいたお礼もしたいですし、ぜひリウネルまでご一緒しませんか? そこで食事でも」
瞳に期待の色を宿したカタリーナのその提案に、フランツは首を横に振る。
「いや、礼は必要ない。私たちがいなくとも解決できたことに、首を突っ込んでしまっただけだからな」
「いえ、そんなことはありませんわ! とても危ないところでしたの。ぜひぜひお礼をさせてくださいませ。もちろん、そちらのお仲間である女性にも」
そう言ってマリーアに向けてにっこりと微笑んだカタリーナに、マリーアは少し引き攣った笑みを見せた。
「あ、ありがとうございます。わたしはマリーアと申します」
「マリーアは私の冒険者仲間なのだ。とても優秀で頼りになる」
「ちょっ、ちょっとあんた、余計なことは言わなくていいの……!」
フランツに褒められることでカタリーナの機嫌を損ねたらと考えたのだろう、マリーアは小声でフランツに文句を告げる。
しかしそのやりとりにカタリーナは反応せず、親しみのこもった表情でマリーアに礼を伝えた。
「マリーアさんと仰るのですね。ご助力ありがとうございました」
「い、いえ……」
カタリーナがフランツの婚約者候補だからか、マリーアはやりにくそうな曖昧な笑みだ。するとそれに気づいたフランツが、カタリーナに告げた。
「マリーアは庶民のため、カタリーナ嬢が利用するようなレストランでの食事は楽しめないだろう。したがって礼に関しては……」
断らせていただきたい。そうフランツが言う前に、カタリーナが口を開いた。
「食事の作法などを気にしなくて済むよう、個室があるレストランにいたしますわ! それからマリーアさん、私に対して気を遣わないでください。フランツ様に接するようにしてくださって構いませんわ」
邪気ない笑顔でそう告げられてしまえばそれ以上断るのも難しく、カタリーナに押し切られる形で、フランツとマリーアはカタリーナと共に食事をすることになった。
「ではお二人とも、こちらの馬車にお乗りください。そうでした、レッドボアはどういたしましょう」
頬に指先を添えて僅かに首を傾げたカタリーナに、それまで沈黙を貫いていたレオナが助言をする。
「カタリーナお嬢様、レッドボアは肉がとても美味しく人気です。解体して街に運べば喜ばれるのではないかと思います。またあちらに止まらせてしまっている乗合馬車へお詫びも兼ねて、肉を譲ると良いかと」
「確かにそうね。ではそのようにいたしましょう。レオナ、護衛と共に解体をお願いね」
「かしこまりました」
そうして終始カタリーナのペースで、二人はエルツベルガー侯爵家の馬車に乗り込むことになった。
最初にカタリーナが馬車に乗り、フランツが乗る前にマリーアが小声でフランツに抗議をする。
「あんた、なに押し切られてるのよ。公爵家の公子様ならもう少し上手く躱せないの……!?」
「……すまない、嫌だっただろうか。しかし正直なところ、私はこのような場面に慣れていないのだ」
「何でよ。あんたなら今までも、こんなお誘い山のようにあったでしょ?」
「あったと聞いてはいるが、全て家の者や騎士団員が対処をしてくれていた」
その言葉でマリーアは、フランツの今までの境遇に思い至る。
――要するに、天才だから甘やかされて育ったってことね……!
帝都方面に鋭い視線を向けたマリーアは、疲れたようにため息を吐いた。
「分かったわ。あんたが頼りにならないことが」
小さな声でそう呟いたマリーアだったが、フランツの耳にはバッチリ届き、フランツは珍しく眉を下げた。頼りにならないなどと評されたのは、フランツの人生で初めてのことだ。
「私はどうすれば良いのだろうか」
困惑を露わにしてそう呟くフランツに、マリーアは呆れた表情を浮かべる。
「あんたねぇ〜。何でこういう場面ではいつもの頑固さが発揮されないのよ。というか女性関係じゃなくても、騎士団長として相反する意見のどちらかを採用することなんてあったでしょ?」
「それはもちろんあるが、騎士団での意思決定はどちらかが正解なのだ。様々な情報を勘案すれば、より良い方が自ずと導き出される。しかしこの場合は、断るのと受け入れるのでどちらが正しいのか……」
「はぁ……やっぱりあんた、頭が固いし真面目すぎるのよ。世の中には正解がない答えなんてたくさんあるんだから」
その言葉にフランツは眉を下げたままマリーアを見つめた。
「ああ、もう! そんな顔をされたら調子が狂うじゃない! いつもみたいに自信満々な表情をしてなさい」
そう言いながらマリーアが背伸びをしてフランツの髪の毛を雑に撫でると、フランツはそれに驚いたような表情を見せた。
「なに驚いてんのよ」
「いや、そんなことは初めてされたと」
「……どんだけ大切に育てられてるのよ。でもあんたの驚いた顔が見られるの、ちょっと嬉しいわね」
「そうなのか?」
マリーアは嬉しさが滲んだ笑みを浮かべ、フランツもあまり見せることがない気が抜けたような柔らかい笑みを浮かべ、そうして二人が話をしているのを――カタリーナは馬車内から見つめていた。
――なんなのよ、たとえ婚約者の座を狙ってなくたって、仲が良すぎるじゃない!
カタリーナは内心でそう叫ぶと、ピクピクと笑顔が引き攣り出した表情で口を開いた。
〜あとがき〜
いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
今日から第4章が開始となります。第4章からは週に3回程度の更新になりますが、引き続きフランツの冒険を楽しんでいただけたら嬉しいです!
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